帰り道、バス停留所に栞里はいた。いつもならば嬉しいはず……なのに今日は少しだけ会いたくなかった。
「幹太くん、何かあったの?」
「…なんで」
「だってなんか考えてる様子だったから」
好意を寄せている人に気にかけてもらえるのがこんなに嬉しいものだなんて、心がふわふわして温かいものに包まれる。が、あの出来事を思い出し愛しさと苛立ちの二つの感情が胸を締め付ける。
「……何でもないよ」
咄嗟に嘘をついて目を逸らす。そうしたら「何でもないかぁ」とクスッと笑った。
「……なに?」
「ううん。べつにそれならそれでいいんだけど、大抵の人って嘘つくとき鼻先や眉がピクってなるの知ってる?」
得意そうに言葉を並べた彼女へと顔を戻すと、いたずらっ子のように笑っている瞳とぶつかった。
「それでもう一度聞くけど何があったの?」
そこまで言われて否定をすれば、さすがの嘘も嘘ではなくなる。
「ちょっと学校でもめたんだ。クラスメイトと」
「クラスメイト? それって友達じゃなくて?」
きょとんとした表情を浮かべて尋ねる。
もっともな疑問だ。が、当然その問いを肯定するわけがない。
「ただのクラスメイト。で、そいつらが部活の勧誘にしつこくて」
〝そいつら〟で反応した彼女は「複数人かぁ」ボソッと小さな声で呟く。まるで推理をしている探偵のようだ。
「人のプライベートに土足で踏み込んでくるし、そのくせ部活に勧誘する理由は教えてくれなくて」
うんうんと、一生懸命頷きながら俺の話を聞く彼女。
「毎日毎日逃げてばかりで、それで疲れて爆発しちゃったんだよね。感情が」
さきほどまで心の奥で燻っていた炎は、彼女によって小さくなりやがて消える。どうやら彼女には感情を鎮静化してくれる作用があるらしい。
「だからそんなにやつれてたの?」
「俺、やつれてる?」
「うん、やつれてる」
ここへ来る前に鏡でも見てこればよかったな、と後悔した。
「何の部活に勧誘されてたの?」
「写真部」
「へえ、そうなんだぁ。てっきり私は運動系の部活に誘われてるのかと思ってた」
あどけなく笑いながらそう言ったあと、幹太くんサッカーとか野球してそうだからと。栞里さんの勘は鋭いらしい。
「それで入らないって言ったの?」
「うん」
「でもさぁ、部活に所属するのを推奨してる学校だったよねぇ」
たしかに俺が部活に入らないものだからさすがのクラスメイトも困惑している。