放課後、職員室へ来るように言われていた俺は、なるべく早く教室を出た。クラスメイトに見つかってしまえば、また長々と部活の勧誘をされると予想したからだ。

 コンコン、とドアを叩くと引き戸をスライドさせた。
 担任の名前を覚えていなかった俺は、「あのー」と小さな声を落とす。職員室に数人先生が見えたけど、一番近くの先生が顔をあげた。

「おお、高槻か」

 どうやら俺の担任の先生だったらしく、入れ入れ、と促される。
 人の名前を覚えるのはどうも苦手だ。だからクラスメイトの名前だってまだ一人も覚えられていない。目の前にいる先生だってそうだ。

「どうだ。初日は。緊張したか?」
「そうですね、少しだけ」
「クラスには慣れそうか?」
「まあ、多分…」

 みんな悪い人には見えなかった。部活を勧めていたあの二人だってもちろん。
 だけど俺は、最低限の距離を取る。踏み込まれたくない部分があるからだ。

「まだ転校初日だ。分からないこともたくさんあるだろうが、何でも遠慮なく聞いてくれ」

 都会にいた頃は、先生一人一人のスーツはびしっとしわ一つなかったし髪の毛だってワックスでセットされたりしていた。生徒のお手本にならなければいけなかったからだ。
 それに引き換え先生はまだ若そうだ。シャツは少しくたびれているように見えて、髪の毛だって下手をすれば寝癖のように見えなくもない。

「家庭の事情のことはみんなには一応伏せているから心配はしなくていいぞ」

 だけど、先生は悪い人には見えなかった。

「ありがとうございます」

 短い会話を終えて帰ろうと思ったとき、今さっきそこにあったかのように、はっきりと記憶に思い浮かび足を止めた俺。

「この学校って部に入るのは強制なんですか?」

 ──ああ、やばい。ストレートに聞き過ぎた。もっと言葉を選べばよかった。オブラートに包めばよかった。

 だが、その不安も杞憂に終わる。

「ああ、そのことか。いやな、たしかにこの学校は部活に所属することを推奨はしているが家庭の事情がある場合は無理する必要はないんだ。高槻の家の事情は俺も校長も知っているし、そこまで無理強いはしない。もし部活に入れないようなら校長に掛け合うこともできるからそのときは言ってくれ」

 クラスメイトが絶対部活に所属しないといけない、なんてこと言ってたから焦ったが、それなら大丈夫そうだ。

 ホッと安堵したあと、職員室を出た。