暴力とは無縁で育った俺は、喧嘩のやり方一つだって分からない。

「……しねーよ、そんなこと」

 パッと手を離すと、国崎が「大丈夫?」羽田へと駆け寄った。「ああ、大丈夫」困惑しながら羽田が返事をする。このやりとりが耳に入り込む。

 おもむろにシャツを掴んだ手のひらを見つめる。野球でできたマメや傷は一切なくなって、今は傷一つない手だ。
 なんのために部活を辞めたと思ってる。喧嘩をするために辞めたわけじゃない。そんなことしたら母さんが一番悲しむに決まってる。

 この町に何のために来た? 思い出せ。母さんのために来たんだろ。それを俺が台無しにしてどうするんだ。今は。今だけは、自分の感情を押し殺せ。

「……悪かった」

 無理やりのどの奥から絞り出した声に、「俺も、煽って悪い」羽田が答える。

 どうやら彼はそこまで悪いやつではないらしい。が、それを許せるほど今の俺に余裕はない。
 背を向けた俺は、そのまま扉から出ようとした。

「──高槻くんは写真が嫌いなの?」

 だけど、背後から聞こえた声によって俺の足はピタリと止まる。国崎の声だ。その問いに俺はひどく動揺する。

「それとも思い出が写真に残るのが嫌なの?」

 さきほどまでのオロオロしてた態度とは打って変わって、矢を射るように的を得てくる。

「ちょ、茜音もうやめろって」

 それを羽田は止めようとするが、国崎の声は止まらない。

「どうしてそんなに頑なに拒むのか分からないけど、私にはそう見える。思い出を残すことを拒んでいるように見える」

 せっかく落ち着を取り戻そうとしていた血が逆流して、頭が燃え出すように熱してくる。

「……黙れ」

 耳から入り込む国崎の声も、風の音も、鳥のさえずりも、木々の揺れる音も、全部何もかも耳障りでならない。

「高槻くんはさっき亮介に何も知らないくせにって言ってた。もし、高槻くんが何かを経験してきてそう思っているのなら私、ちゃんと話聞くよ」

 ──うるさい、うるさいうるさい。何も知らないくせに分かったような口ぶりをするな。何も悩んだことのないやつが分かったようなことを言うな。

「だから──」
「そうやって勝手に踏み込むな!」

 爆発したように怒鳴った。

 怒りが激しい波のように広がってくる。

「部活の勧誘の次は話を聞くだと? ……ふざけるな。人には言いたくないことだってあるだろ。おまえにだってあるはずだ。だから、プライベートなことまで探りを入れるな」

 身体のどこかが焼けるような苛立たしさを抱えたまま、屋上の扉を思い切り閉めた。