「もう幹太ってばすぐそんな分かりやすい嘘をつくんだから」
「べつに嘘じゃないって」
「幹太、嘘つくときすぐ分かるのよ。眉がピクっと動くの。小さい頃からそうだったわ」

 子どもをなだめるような優しい笑顔を浮かべる。

 なんだ、そういうことか。だから母さんは、いつも俺の本心を見抜くのか。嘘か真実かを嗅ぎ分けることができるのか。

「母さん、ずるしてんじゃん」
「ずるじゃないわ。母親だけの特権よ」

 いたずらっ子のように笑った。全然、病人らしくない。

「だからね、幹太が今嘘ついてるってお母さん気づいたのよ。それはお母さんに心配をかけないようにって思ってるからよね」

 全部、バレている。笑顔も、言葉も、思いも、全部。何もかも。母さんには嘘はつけない。

「幹太は優しいもの。心配してくれるのはお母さん嬉しいわ。でもね、心から笑っている姿あまり見てないなぁって少し寂しいの」

 嬉しいような悲しいような、それが複雑に絡み合う表情を浮かべた。

 その表情を見て、胸に空いた風穴に冷たいものが抜けていく。

 もっと早くに俺が母さんの異変に気づいていたら母さんは助かったんじゃないか。母さんは苦しまずに済んだんじゃないか。俺が気づいていれば母さんはこんなに苦しむことはなかったんじゃないかって──…

 心の奥底から湧き出るあらゆる感情に押し潰されそうになったことも幾度となく訪れた。そのたびに俺は自分のことを責めた。
 だけど、何も変わることはなかったのだ。

「母さん。俺、ほんとに我慢なんかしてないよ。ちゃんと自分なりに高校生活楽しんでるから」

 母さんに心配をかけないために。
 これ以上、負担をかけないために。

 ──笑え。無理してでも、笑え。

 例えどんなにつらくても苦しくても、現実に打ちひしがれて目を逸らしたくなっても、笑えば何とかなる。どうにかなる。

 雨が降ってもいずれ止む。止んだあとには虹が出る。

 ──明日はきっと晴れるから。

「だから、母さんは何も心配しないでゆっくり過ごしてよ」

 俺が今できる唯一のことは、母さんを不安にさせないことだけだった。