「それにしても全くじゃない。テストとかお友達のこととか」
「それは俺に限ったことじゃないんじゃない。高校生になったらそれが当たり前だよ」
男子高校生が自ら母親に学校であった出来事を打ち明ける方が珍しい。
「昔は幹太、自分から嬉しそうに教えてくれたのよ。野球で褒められた!とか上手になった!とか。私ね、毎日それを聞くのを楽しみにしていたのに」
「昔って小学生の頃だからでしょ。今は高校生で大人だから」
小学生といっても多分低学年くらいだと思う。三、四年とか。
「あら、そんなことないわ。私にとって幹太は、いつまでも子どもなのよ。大切な我が子なの」
今日は、いつもよりよく喋る。よほど体調が落ち着いているらしい。表情も穏やかだ。
「だからね、幹太。あなたが何かを我慢する必要はないのよ」
母さんは、病室に行くたびにそのことを繰り返す。まるで呪文のように。
俺の空気を察する能力が母には備わっているのか、今までもいち早く俺の小さな変化に気づいていた。野球を辞めたときだって、高校で部活に所属しなかったときだって、そして今回引っ越すと決めたときだって、そうだ。
「何度も言ってるけど我慢なんかしてないって」
毎回俺は言葉を濁すのだ。そして、その後に続く言葉も毎回決まっていて。「でもね、幹太」これで聞くのは何度目だろうと思いながら耳を傾ける。
「あなたが誰よりも母さんのことを心配してくれてる気持ちはよく分かるの。だからこうやって時間があるときは病院に来てくれるんでしょ」
耳にタコができそうなほど繰り返される言葉。母さんは、そう思っている。
俺は、ただ自分の過去に後悔して、どうしてあのとき気づいてやれなかったのかと罪悪感に苛まれ、そうしてあの頃からずっと切り裂くように胸が痛む。
俺の心には懺悔の気持ちが次々と膨らんだ。
「なに言ってるの、父さんの代わりだよ」
だから俺は、また言葉を濁すのだ。
スマートに恥ずかしがらずに自分の思いを伝えられる高校生なんて、この世界にどれくらいいるんだろう。
高校生なんてまだ幼い。思った言葉は飲み込んで口から出てくる言葉は全部嘘とでも言いたげなほどに素直になれない。
十七歳って大人のようで子どもだ。