「全然大丈夫だよ。これからもそのままで喋ってね!」
「いや、だけど……」
「今さら敬語なんてそんなの私、嫌だからね! 敬語使ったら幹太くんと絶交だから!」
衝撃的な言葉に頭はうまく働かなくて「…分かった」乾いた口から必死に紡いだ。
そうしたら彼女は、口元に弧を描いて笑った。
それから少し時間は過ぎ、おもむろに彼女はスマホを確認する。ちら、と見えた画面の中は海だった。もしかしてこの町の海かな。だとしたら、好きな人との思い出の場所かな。
「ねえ、栞里……」
独占欲が雲のように湧いてくる。
気がつけばスマホを持った彼女の手首を掴むと、わずかに俺の方へ手を引いた。「幹太くん……?」困惑した声を漏らして、俺を見つめた。
「連絡先教えて」
これはきっと〝好きな人〟に対する嫉妬だ。
「ダメ?」
「いや、ダメってわけじゃ…」
すぐに顔を赤く染めて、目線を下げた栞里。
「じゃあいい?」
「……いい、けど」
「ほんとに?」
「……うん」
無理やりじゃないのを確認すると、ホッと安堵してパッと手を離す。
俺はスマホのロックを解除して待った。時刻は、十五時五十九分。バスが来るまで残り一分。
「じゃあ送るから」
彼女がそう言うと、ブブッとスマホが振動した。
画面に映し出された、〝朝日栞里〟の名前の下にメールアドレスが表示されていた。
「ありがとう」
俺は何かで満たされる。
もしかしてこれが〝幸せ〟か……?なんて一瞬浮かれた俺。
「あのさ、幹太くん……もしかして好きな子の相談したかったの?」
スマホを見ていた俺の耳にそんな言葉が流れ込んできて、へ、と間抜けな声が漏れた。
好きな子って誰の? 栞里の? それとも……俺の?
〝好きな子の相談したかったの?〟
「いやっ違っ──!」
──プップー
予定時刻ぴったりに現れたバスによって俺の言葉はかき消される。「あ!」声を漏らした彼女は立ち上がる。
このままじゃ誤解されたままだ。なんとかして誤解を解かなければ。
ブレーキがかかるとぷしゅーと音を立てて目の前に止まると、ドアが開いた。もう何回目か分からない慣れた光景に当たり前に足を進める。
「いつでも連絡してもいい……?」
バスに乗り込んだあと、くるりと俺の方へ振り向いた。
「うん、いいよ! いつでも相談のるよ!」
花が咲くように満面の笑みを浮かべた。
完全に誤解してる。だけど、それを解く時間も余裕もこの場にはない。
──ぷしゅー
ドアが閉まったあと、ブレーキが解除される。ゆっくりと前進するバス。後部座席に座った栞里が俺に手を振った。
「次、会ったときは絶対に誤解解かなきゃなぁ……」
俺の独り言は、流れてきた潮風によってふわりと流れていった。