恋愛なんてもっと単純明快かと思った。答えは、好きか嫌いかの二つだけだと思っていた。だけど、蓋を開けてみればびっくらこいた。中身は幾重にも重なった迷路のようで、一度入れば出口は見えない。
初恋は、もっと簡単なものがよかった。
「その人のことそんなに好きなんだね」
念のため確認をすると、へへへっと恥ずかしそうに頬を緩めると「うんっ」とめいいっぱい頷いた。
切り傷が風に触れるように心が痛い。
俺が特別な感情を彼女に抱いたのは、出会った瞬間。一目惚れだった。
まさか自分がその立場になるなんて想像もしていなかった。
「幹太くんは今好きな子いないの?」
心には、刺された棘の抜けないような痛みが残って「あー……えっと……」言葉を濁しながらしばらく考えた。
言うな! 言えばいい! 天使と悪魔が頭の中で囁いて、攻防を続ける。
「いるよ、一応」
俺の口から漏れた言葉は、それだった。
たった今、失恋を経験した俺は念のために〝一応〟を付けた。それはある種の自分なりの強がりだったのかもしれない。
「えっ、そうなの?」
「う、うん、まぁ」
「誰! 誰なの?」
興味津々に詰め寄った。
俺の頭の中の赤いランプが警告を鳴らす。が、心の中に何かがポッと点火されたような感覚がやってくる。
「それは秘密」
彼女は今、俺のことを考えている。俺のために時間を費やしている。俺の好きな人を知りたくて悩んでいる。この時間以外は好きな人のことを考えているだろうから、今だけは。今のこの時間だけは、俺だけのものだ。
「幹太くんのケチ!」
頬を膨らませて不満そうに拗ねていた。まるでリスが頬にどんぐりをたくさん詰め込んだような表情を浮かべていた。
「栞里、制服着てないね」
これ以上、俺の片想い相手を追及されないためにわざと話を逸らす。
「学校休んでたの?」
「……え?」
狐につままれたような顔でぽかんと俺を見つめる。しばらく時間が過ぎたあと、ふっと笑いを漏らして「いやだなぁもう〜……」と花が咲くみたいに笑った。
「私、高校生じゃないよ!」
「……え?」
今度は俺が驚くはめになる。おかげで、頭の中が白く溶け落ちるような衝撃だった。
「高校生……じゃない?」
「うん! ばりっばりの現役大学生だよ!」
いたずらっ子のような目つきを浮かべたあと、笑みが満開になる。
「……うわ、ごめん! 俺、てっきり同い年くらいかと……しかも初対面からタメ口で喋ってたし……」
心臓が早鐘となって胸を突き続ける。