「人ってねほんとに欲張りな生き物で、自分の元に幸せが起きたらもっと欲しい、もっと欲しいって貪欲になるの。人間ってね、欲深くできてるんだろうね」
あれも欲しいこれも欲しいと……かぁ。
「栞里も欲張りなの?」
「そうだね。私、欲張りかも。幸せなことが起きたから、もっとって欲深くなってる」
つまりその意味は、俺と出会う以前より前に彼女に〝幸せなこと〟が起こったということだと理解するには容易かった。
幸せなことが起きたとなれば、好きな人と両想いだと気づいたか、付き合えたかのどちらかだ。──いや、意味にすればどちらも同じか。
「好きな人いるの?」
怖いもの見たさとはまさしくこのことだ。知りたくないけれど知りたがる。
彼女は、俺の言葉を聞いてピタリと動きが止まる。しばらくして俺の方へ顔を向けた。
「……どうして分かるの」
顔がりんごのように真っ赤になったあと、慌てて頬を覆う。
どかーん。一瞬で撃沈する。奈落の底へ真っ逆さま。どうやら俺は相当運がないらしい。
恥ずかしそうに足をじたばたさせながら赤面する彼女は、文字通り恋する乙女だ。
そんな彼女に特別な想いをよせていた俺。片想いという名の初恋が、あっという間に散った。それも散り散りに。
気づかれないようにがくーっと項垂れていると、「私ね」と声が聞こえる。気力のみでなんとか顔を向けると彼女は前を向いていた。バス停留所の目の前に広がる青い海を見つめたいた。
遠くの方でザザーンと波の音がする。カモメの鳴き声が響く。とこかで汽笛の音がする。海はどこまでも青く、さんさんと降り注ぐ光に磨き上げられたように輝いていた。
「──私ね、忘れられない人がいるの」
まるで時が止まったかと思った。彼女の言葉を聞いた瞬間、息を吸うのも忘れてしまうくらい衝撃的だった。思わず、え、と声を漏らす僕は動揺を隠せなかった。
「その人のことずっと忘れられなくて、今だってすごく好きなの」
顔にパッと花が咲く。
「忘れられない人っていうのがね、私の初恋の相手なんだ」
彼女の一言一句が俺の心に棘を植えていく。
恋ってあっけない。恋愛って楽しくない。
両想いになるには、片想いが二つ実らなければならない。片方がべつの誰かを好きだったら、それは交わることはない。実らない。あっけなく散ってしまう。