◇

 ある日の放課後、何もない一本道を自転車で漕いでいるとバス停留所に一つの姿が見える。
 停留所の前には、インクを溶かしたように青い海が目の前に広がって見えた。

「栞里」

 俺が声をかけるとビクッと肩がわずかに上げた。驚かせてしまったようだ。くるりと振り向いた彼女は、「─あ」声を漏らして立ち上がる。

「幹太くん!」

 口元には無邪気なあどけない笑みを浮かべていた。

「やっと会ったね!」
「そうだね」

 あー俺はなんて幸せ物なんだ。まるで浮き足立ったままどこかへ飛んでいきそうな心地よさを感じる。

「これって運命かなぁ」

 独り言のように呟いた栞里の言葉で危うくベンチから落ちてしまうところだった。

「な、なに言ってるの」
「幹太くんは運命とか信じたりしない?」
「そりゃあ、まぁ……」

 そもそも俺は運命とかそんな迷信的なもの信じていない。ただ、彼女が告げた何気ない言葉一つで動揺するのは容易いだろう。

「じゃあ奇跡とか! それならまだ信じれそうじゃない?」
「奇跡ってあるのかな……」

 運命とか奇跡とか、そんな特別めいた言葉を信じたことがない。俺の日常にそんなもの無縁だったから。
 永遠だってきっとない。なぜならば、人はいつか別れるものだ。それは明日かもしれないし今日かもしれない。
 迷信的な言葉を信じても未来が変わるわけではない。それらはただのまやかしだ。ほんの一瞬でも誰かを信じて安心したいとか運命とか奇跡とか言葉にすがりたいだけ。いわば、安定剤のようなものだろう。

「私はあると思うなぁ。だってさ、こうやって私と幹太くんが出会えたのも奇跡だと思うし」
「それはただの偶然とも言えるよ」
「偶然ってことは必然とも言うでしょ」
「なんだよそれ。話、飛躍しすぎじゃない」
「偶然ときたら次は必然ってことになるでしょ?」
「いいや、ならないって」

 奇跡があるとかないとかで言い合ったあと、突然〝必然〟だなんて言葉を持ち出してくるからどんどん話は横道に逸れて収拾がつかなくなる。

「幹太くんってば夢がないなぁ」

 夢がないというよりは、誰よりも現実を見ている。現実を知っているからこそ、逆らえない運命があるということを知っている。覆すことのできない理が、この世界にはある。

「栞里が夢みすぎなんじゃないの」
「夢みすぎかぁ……」

 うーんと唸りながら悩みだす。