「海、綺麗だね」
俺がそう言うと母さんは、ええほんとに、と窓の方へ視線を向けた。
波の反射が秋の雲のようにちらちらする。空は抜けるように青く、綿毛のように白く小さな雲がいくつも見えた。
どこまでも続く水平線は、まるで空と繋がっているように見える。空高く飛んでいる鳥は、羽根を広げて自由に飛んでいる。その羽根でどこまでもどこまでも飛んでゆける。
窓を開ければかすかに潮風が鼻先をかすめる。
「いい風が吹いてるわ」
ふわりとカーテンを揺らしながら、病室の中へ風が流れ込む。
ジリジリと音が聞こえそうな午後の陽光。それでもたしかに秋を感じさせる匂いと風。
「幹太も大きくなったわねえ……」
しみじみと告げられて、その言葉に振り向いた。
「あんなに小さかった幹太がこんなに大きくなってお母さんの背を越すなんてね」
「そりゃあ成長期だからね。まだまだ大きくなるさ」
まだ高校一年だ。大きくなってもらわないと俺が困る。
「これからもずっと幹太の成長を見たかったわ」
そう告げられて、胸がどきりと音を立てる。
「ちょっとなに言ってるの。縁起でもない」
〝ずっと〟が母さんにはないってことを、永遠がないってことを俺も母さんも知っている。だからこそ、つい本音が漏れてしまうのだろう。未来に夢馳せるのだろう。
「母さんさ、前に言ってたじゃん。俺が二十歳になるまで長生きするって」
俺が二十歳になるまで、あと四年。その四年は長いようで意外と短いのかもしれない。
できるなら今、この時間が止まってくれればいいと思った。願った。
「あらそうだったわね。お母さん、幹太の成人式まで頑張らなくちゃね」
目尻に小さな皺を刻んで、ほのかに笑いを含んだ。
過ぎた時間は戻ってこないし、失った時間は取り戻せない。どんなに後悔したって悔やんだって時を巻いて戻すことは不可能。
それなのに訪れない未来へ、夢を抱くんだ。
二十歳を過ぎても母さんが元気でいられますように。笑って過ごせますように、って。
「また来るよ」
あと何回このやりとりをすることができるのだろうか。
残された時間はあとどれくらいなのか。
分かっているのは神様だけだった。