どうやら母さんは、ほんとうに何でも知っているみたいだ。
「それに今の学校は部活動に力を入れているんですってね。強制じゃないにしても部活に入ることを推奨してるのね」
「あ、うん、まぁ……」
全てお見通しだ。開いた口が塞がらないとはまさしくこのことだ。
「前の学校では幹太、部活に入ってなかったでしょ。それは、お母さんのことを心配してくれたのよね?」
心配、なんて綺麗なものじゃなかった。
「……そんなんじゃ、ないよ」
昔の俺は自分のことばかりで母さんの病気に気づいてやることができなかった。だから病気を知らされたときはすごく後悔した。何も気づけずに。俺は無力だった。罪悪感だけがどんどん募っていった。
そうしたら自分の好きなことをするのが怖くなった。母さんが苦しんでいるのにどうして自分だけが楽しい思いをしてたんだろうって。俺が好きなことをすればするほど、大切なものを失ってしまうようなそんな気がしたんだ。
「プロになりたいかって聞かれればそれほどじゃないし、うまい人なんて高校にいけばいくらでもいるし。野球は好きだったけど、もういいかなって思ったんだよね」
「幹太……」
「ほんとだよ。ほんとに、それだけのこと」
それ以上でもそれ以下でもないんだ。
「だから、母さんが気にすることないから」
感情が揺らぐと病気に影響する、と先生が前に言っていた。不安になったり落ち込んだりすると、食欲も低下する。しかりそれは逆もあるみたいで、自分の好きな景色や落ち着くものを見たら心が安定する。病気の進行が遅くなるのだとか。
もちろんそれは病気が治るわけではない、でも母さんが苦しまずに穏やかに残りの時間を過ごしてくれたらいい。
「今、楽しく過ごせてる?」
悲しげな困惑しきったような表情を浮かべながら尋ねた。
「もちろんだよ」
俺は嘘をつく。母さんに見破られないように、笑顔を添えて。
「そう、それならいいの」
悲しいような嬉しいような複雑な表情を浮かべて笑った。
この病院は少し高台に作られている。
ホスピタル病棟というのがこの病院にはあって〝穏やかに最後を過ごせる場所を〟その理由から窓の外は絶景の海が見えるようになっている。
一定の治療は受けるものの手術などはできない、そんな患者がここには多くいる。東京の病院は忙しない。穏やかに過ごせない。そんな理由で、ここへと転院してくる患者も少なくないようだ。