放課後、帰り道途中にあるバス停に立ち寄ったけれど栞里の姿はなかった。

『またここで』──あの日、そう言われたけれど、それが〝いつ〟だとは知らない。毎日約束しているわけじゃないし……と俺は、ペダルを踏み込んだ。スピードは瞬く間に加速する。風を切って──。

 一度家に帰ったあと、服を着替えてバスに乗った。バスに揺られること十分。少しだけ景色が変わっていつも見ていた平坦の地より目線が高くなる。

 ──ガラっ

「あら、幹太」

 やって来たのは、母さんが入院している病院だった。俺たちが住んでいる平坦の町から少しだけ坂を登ったところにある見晴らしの良い場所だ。

「遅くなってごめん」
「ううん、大丈夫よ。ここまで遠かったでしょ? わざわざありがとうね」

 今日は調子がよさそうに見えた。

「うん、全然平気」

 ベッド脇に置いてあった椅子に腰掛ける。

「この前、転校初日だったでしょ。どうだった? 友達はできそう? クラスの子はみんな優しい?」

 俺が答える暇すら与えてくれない。どうやらよほど母さんは俺のことを心配しているみたいだ。

「母さん心配しすぎだよ。俺もう高校一年だし、それくらい大丈夫だって」
「でもね……お母さんのせいで引っ越すことになったわけだし。せっかく高校受験して受かった高校を途中で転校だなんて」

 これ以上聞いていてもいいことはないだろうと思って、「母さん」と止まらない声を遮った。俺の声は少しだけ感情を漏らす。

「何度も言ってるけど母さんは何も悪くない。ついて来るのを決めたのは俺だから……俺自身だから!」

 東京に父さんのお姉さんがいた。子どもは二人いたけれど巣立って自立しているため、今は旦那さんとの二人暮らしらしい。俺のことを気遣って〝もしここに残りたいのなら部屋は余っているからここから学校へ通うこともできるよ〟と言ってくれた。
 だけど、それを断ってこの町へ引っ越すことを決めたのは俺自身だ。母さんがそのことで心を痛めることはないのに。

「でもね、幹太。お母さんは心配なの」
「心配って何が? 新しい土地で友達ができるかって? そんな子どもじゃないんだから」

「そうじゃなくて……」一度口を結んだあと、おもむろに手を伸ばすと、引き出しから何かを取り出した。目を伏せて悲しそうに微笑んだ。