見晴らしの良い海が見渡せる高台にやって来た。
 つい最近まで聞こえていたはずの蝉の鳴き声も今は止んで、代わりに鈴虫の鳴き声が寂しさを運んでくる。

 栞里と出逢ったのが、二ヶ月ほど前。
 出逢ったのはバス停留所、彼女の麦わら帽子が飛んできた。
 あの出会いがなければ俺たちは、十年を経て再会することはなかった。

 亡くなった人に会える、なんて摩訶不思議な現象を俺は経験するとは思っていなかった。
 だけど、はっきりと見えた。この目で。しっかりと残っていた。抱きしめた感触が。

「栞里、来たよ」

 海が見渡せる高台は、ときおり強い風が吹いた。
 俺の首元をひやりと撫でたあと、すぐに通り過ぎる。

 もう一度会えたなら……なんて悲しく思うこともあるけれど、俺は今の人生を生きなければならない。
 何もかもに諦めて、幸せになることを放棄して、気力を失った俺とは違う。
 彼女のおかげで変わることができたんだ。生まれ変わることができたんだ。

 だから絶対に俺は、自分の人生を全うしなければならない。

 誰のためでもない、俺自身のために。

「これ、国崎に返された。ほんとは栞里に渡したかったんだろって言われたよ」

 淡々と独り言を漏らしてゆく。
 誰も返事はしてくれない。

「だからこれ、ここに置いておくから」

 たくさんのお菓子や花が飾られている隣に、そうっと置いた。

 ──びゅうっ

 瞬間、強い風が吹き瓶が倒れてコロコロと移動する。
 墓石の隅に落ちたそれを拾う──

「……え、なんでこれが……」

 落ちた瓶を拾おうと手を伸ばしたとき、あるものに気づく。隅に落ちていたのは、真新しい幸せになれる砂の瓶だった。

 ごくり──息を飲むと、おもむろにそれを掴んで栓を抜く。少し傾けて中身を出すと、砂の奥には小さな紙が入っていた。

 間違いない。これは、俺が栞里にこの前あげたやつだ。

「……栞里、ここに来たの?」

 雷に打たれたような、呆気に取られたような不思議な顔を浮かべて墓石を見つめた。

 〝そうだよ〟──言っているように感じた。

 小さな紙をゆっくりと広げると、そこに書かれていた文字は。

『栞里のことが好きです。

 私も幹太くんのことが大好き。これからもずっと……』

 俺が書いた下の空白に、文字が追加されていた。

「これって栞里が……?」

 文字を書けるわけがない。が、ありえない話ではなかった。
 なぜならば、栞里の姿は俺たちにちゃんと見えていたからだ。

 そのとき急速に手繰り寄せられる記憶に、俺はぎゅっと下唇を噛んだ。