──あのとき俺は、栞里のことを現実の人だと思っていた。
「幹太くんと話すようになって毎日が楽しくてね。できなかったことができたり、我慢もしなくていいし、自由で……ずっとこんな毎日が続けばいいって思ってた……」
「……うん」
「でも人生そうはいかないよね。だって私、三年も前に死んじゃってるわけだから……」
まるで小説でも読んでいるかのような非現実な出来事にひどく頭が混乱する。
〝死〟その言葉を聞くと、ほんとに彼女がこの世界の人間ではないのだと突きつけられる。
「でもね、息を引き取る間際に後悔をしちゃったの」
「……後悔?」
「うん。一つは幹太くんに気持ちを伝えられなかったこと……でも、それは今叶っちゃった」
泣きそうな顔で、くしゃりと笑う。
「……もう一つは?」
抱きしめていた腕を解いて、栞里を見つめた。
「もう一つは……妹に……茜音に、つらい思いをさせたまま私がいなくなってしまったこと」
──私がお姉ちゃんを殺したって言っても今と同じことが言える?
その瞬間、国崎が言い残した言葉が急速に手繰り寄せられる。
「三年前の中学ニ年生のとき──」前置きをすると、栞里は震える自分の手を握りしめる。
「茜音が親と喧嘩しちゃって家を飛び出したの……夕方であたりは少し暗くなってた。茜音を探すために私も家を出たの…でも、全然…見つからなくて…それでもずっとずっと、探して……」
三年前の今日、夕方は陽が沈むのは早い。田舎だから当然、街灯くらいしかないはずで、あたりは真っ暗だと予想される。
「途中ね、雨が降ってきたの……傘も持たずに家を出たから、びしょ濡れになって…そのときにちょうどバス停が見えたの…だからそこで雨宿りしようと思って…」
「……バス停?」
それってまさか──…
「幹太くんと出会った場所だよ」
落ちてきた声に動揺した俺の胸はどきりと音を鳴らす。
「あの場所で、私は雨宿りをしてたの……」
嫌な考えが頭の中をよぎって、それを振り払うように頭を上げる。
「傘もスマホももってなくて、雨に打たれた私は身体が冷えて……運悪く発作が出ちゃったんだ……そのまま私、意識を失っちゃったの…」
頭を殴られたような衝撃が全身を貫いた。