──なるほど、そういうことか。だから一度でいいから自転車の後ろに乗せてほしいってあんなに必死になってお願いしたのか。

「小さい頃はね〝あれはダメ、これはダメ〟当たり前だった。今となっては理解できるけど、当時の私はどうして私ばかり我慢するんだろうってすごく不満だったのを覚えてる」

 ──きっと親は心配だったんだろう。

「ちょうどあの日……十年前に幹太くんと会った日、茜音と喧嘩しちゃったの」

 その言葉を聞いて急速に手繰り寄せられる記憶。

 ──『妹とけんかしちゃったの』

 点と点が繋がったように、過去と現在が強く結びつく。

「妹にね、『茜音はたくさん走り回れていいね』って言ったの。そしたら妹は何て言ったと思う……?」

 不意に尋ねられて咄嗟に言葉が浮かばなかった俺は「……さあ」首を傾げる。首の後ろを嫌な汗が流れてゆく。
 そんな俺を見て、クスッと笑ったあと。

「妹にね『お姉ちゃんはずるい』って言われたんだ」

 一度俺から目を逸らしたあと、砂浜に落ちていた小石をかがんで拾う。

「身体が弱かった私を心配してお母さんたちは過保護だったの。だからいつも茜音は、一人で遊んでることが多くて……そんな自分を子どもながらに寂しいって思ったんだろうね」

 薄日がさすような微笑みを漏らしながら、空へ掲げて見せた小石。

「それでね『お姉ちゃんは何でも許されて欲しいものも買ってもらえていいね。私なんか我慢してばっかり。それなのに私のことをいいねって言うお姉ちゃんはすごく意地悪だね』そう言われちゃったんだ……私、全然茜音のこと考えてあげられなかった。自分のことばかりだった……だからね、妹を傷つけちゃったことが苦しくて、家を飛び出したの……」

 あの日、海岸でひとりぼっちで背中を丸めて落ち込んでうずくまっていた。その姿が、瞼に鮮やかによみがえる。

「どうしてあんなこと言っちゃったんだろうって自分を責めたし、茜音にも合わせる顔もなかった……」

 栞里の横顔は、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。「でも──」俺へと顔を向けて少しだけ口元を緩める。

「幹太くんが大丈夫?って声をかけてくれたよね」
「え、あ……うん」
「それに私の話を聞いてくれた。初対面だった私の話を……そのおかげで私、一人じゃないんだって思えた」

 栞里の言葉で忘れていた記憶が浮かび上がり、あのときのシーンがカラーで再生される。

「でも、幹太くんと別れたその夜ね……」

 言いかけて、口を結んだ。そのあと悲しそうに顔を歪めて今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。