自転車置き場に向かい、ロックを外しているとタイミング悪く休憩中の教師と出くわす。
「おい、何やってるんだ!」
俺の方へ向かって来るが、ここで捕まれば二度と彼女と会うことはできなくなる。サドルに跨ると、がむしゃらにペダルを漕いだ。
お叱りや反省文なら後日いくらだってしてやる!
「こらっ、待て!」
校門を抜けた瞬間、次の授業が始まる鐘が鳴った。それを少し遠くで聞いていた。
彼女が向かいそうな場所を手当たり次第に当たってゆく。バス停、公園、展望台、どこにもいない。ノンストップで漕ぎ続けた結果、足がつりそうだ。
だけど、足を止めない。
そして最後にたとりついた場所は──
「──栞里…!」
海岸にたたずむ姿が一つ、ぽつんと浮かんで見えた。
自転車を降りた俺は、留め具も下ろさず海岸へと駆ける。がしゃーんと音が鳴り響く。自転車がアスファルトへ倒れたみたいだ。
「久しぶり、幹太くん」
彼女は、あの日と変わらない態度だった。
俺の気持ちを断ったのに、あれ以来会うこともなかったのに。まるで、俺の気持ちを伝える前のようだ。
「栞里……」
今までだっておかしいと思ったことは何度かあったはずだ。一番初め、俺たちがバス停で出会ったときも運転手は俺にだけ話しかけているような雰囲気だったし、展望台に現れた猫は俺だけを見ていた。商店街でコロッケをくれたおばさんは、俺にだけコロッケをくれたし。二人で半分しなさい、なんてことは言われなかった。自転車に乗ったときだって栞里の重さを感じなかった。まるで空気のように軽いのだ。全部、些細な出来事で取るに足らないようなことかもしれないけれど、思い返せば全部が怪しくなって見えてくる。
「ねぇ幹太くん。もしかして妹に……茜音に会った?」
国崎から聞いた話がまだ信じられなくて、俺は疑った。冗談だろって。栞里はそこにいる。姿も声もちゃんとそこに存在している。
胸が苦しくて声が出ない。代わりに何度も頷いた。「そっか」声を落とした栞里は、切なそうに微笑んだ。
「何から話せばいいかなぁ……」
風に攫われる髪の毛を手で掬うと、耳にかける。
今までと変わりなく俺に接する。
押し寄せる波音がいつもより荒くて水しぶきを上げる。吹く風もザァザァと北風のように乱暴だ。
──あの町の海が好きだから引っ越したい。
急速に手繰り寄せられる記憶に、嫌な考えが頭をよぎった。
「あの、さ……」
どうか外れてほしいと願いながら固唾を飲んだあと、口を開く。
「母さんが栞里のこと見えたのはなんで……」
緊張のせいで口の中がカラカラと乾いていく。
あの状況に説明ができそうにない。