「高槻くん、ちょっといいかな」

 不意に名前を呼ばれて二人して顔を向けると、そこにいたのは国崎だった。

「めちゃくちゃいいところだったのに……」

 不満そうな顔を浮かべた亮介。

「高槻くんの初恋の話でしょ? そんでもって振られちゃったとかって」
「……なんで知ってるわけ」
「そりゃああれだけ大きな声で誰かさんが騒いでたら嫌でも聞こえちゃうよね」

 いたずらっ子のような目つきで笑った。

 確実に亮介のせいだ。どうやら遠くにいた国崎まで聞こえていたらしい。

 ……ああ、ほんと最悪だ。

「だったらさぁ、邪魔しないでくれよ」
「そうしてあげたいのは山々だったけど、大事な用なの」

 少しだけ眉をピクリと動かして「……大事な用?」その言葉に反応する。

「私と高槻くん、今日日直だから」

 淡々と国崎が告げる。

「え、日直……?」

 俺は黒板へと視線を向ける。
 そうしたら右端の方に「国崎・高槻」と書いてあった。どうやら本当らしい。

「休み時間にプリントを取りに来いって先生が言ってたから高槻くんを呼びに来たところなの。だから早く行こう」

 先生からのお達しならば仕方ない。重たい腰をあげる。

「じゃあね亮介!」

 国崎は後腐れなく教室の扉へと向かって行く。

「……いいなぁ、幹太」

 机の上に腕を組んで顎を乗せる亮介は、どうやら妬いているらしい。

「じゃあお前が行けば。べつに俺じゃなくてもいいだろ。適当に理由つけて代わりに来ました的なこと言えばいいじゃん」

 気を利かせて座り直そうとすると、「それはダメだ!」起き上がり俺を止める。

「そんなズルはダメだ。それをやっても茜音の気持ちは俺に向いたりしない」
「ズルってことでもないだろ」

 それでも頑なに拒む亮介は「いーや、ダメだ!」の一点張り。

 羨ましいと妬むわりにはズルはダメだと真面目なことを言う。

「高槻くんまだー?」

 廊下から俺を待つ国崎の声が響く。

「……ほら、呼ばれてるじゃん」
「ほんとにいいのか」
「男に二言はない!」

 なんてかっこつけたことを言うものだから、ふはっと吹き出して笑った俺を見て、「な、なんだよ」照れくさそうにそっぽを向いた。

 最初は鬱陶しいやつだと思っていたけれど、慣れてみれば案外憎めないやつだった。