「俺は早く大人になりたいんだ」
「どうして?」

 ──栞里、あなたに。

「追いつきたい人がいるんだ」

 俺の言葉を追いかけるように波が音をさわぎたてる。

「ただでさえその人に意識されてない。俺がまだまだ子どもだから……早く大人にならないと、いつまで経っても子ども扱いしかされないんだ」

 手のひらの幸せになれる砂を見つめる。砂の中には小さなピンク色の貝殻と真っ白な貝殻が一つずつ。対を成すようにしてガラスの瓶に入っていた。

「早く俺は、大人になりたい」

 水平線の向こうを眺めた。

「──焦らなくていいんじゃないかな」

 波の音にも負けないくらい力強くて優しい声が俺の耳へと流れ込む。

「まだ高校生なんだから時間はいくらでもある。やり直すことも今から始めることだってできる。だからね、焦らないで少しずつ自分のペースで成長していくことが私は大事だと思うなぁ」

 一言一句丁寧に紡ぎながら、穏やかな表情を浮かべていた。

 俺の思いとは全然違うけど、栞里の声で言葉で聞くと何も言い返せなくなる。全てを理解しているような眼差しで、俺を導くように。

 ──ポチャン

「……あっ!」

 彼女の声と視線に意識を向けると、あったはずの感覚が無くなっていた。
 慌てて手を広げて見るが、どこにもない。

 気付くのが一歩遅れた俺の手のひらの上からは幸せになれる砂が入っていたビンが海水の中へと落ちたのだ。
 しかも、不運は連鎖する。押し寄せてきた波がそれを攫っていく。

「うわっ、最悪……!」

 慌てて靴のまま海水の中へ入って手当たり次第探すが、砂が蔓延して表面が濁ったせいで正確な場所は見つかりそうにない。
 駆け寄った栞里も探し始める。ワンピースの裾が海水に浸かることもお構いなしに。必死に、俺が落とした瓶を探してくれる。