ポケットの中にアレが入っていることを思い出し、おもむろに取り出した。

「自分でもなんでそう思うのか分からないけど」

 十年前、俺は女の子に幸せになれる砂をあげたのは事実だ。

「あれ、それ買ったの?」

 栞里はそれに気がつくと、ぱあっと花が音を立てて咲いたように微笑む。

「……いや、ここの砂を拾ったんだ」
「え〜、そうなの? …えっ、ということは好きな子にあげるんだ!?」
「いやー……それはどうかな……」

 浮き浮きして、兎が飛び跳ねるように喜びだすから狼狽えて言葉に詰まる。

「せっかく拾ったのにもったいなーい」

 亮介が誘わなければ、一人ではとてもじゃないけれどしなかった。

「渡さなきゃ意味ないのに!」
「それはそうだけどさ……」

 なかなか煮え切らない俺に痺れを切らして、「も〜!」頬を膨らませてリスのような表情を見せた。

「なかなか決められない幹太くんのことなんて放置して海で遊んでやる!」

 べーっと舌を出して、あどけなく笑ったあと海へと駆けてゆく。
あろうことかサンダルのまま海岸に足を入れた。

 ざざーん。波打つ音が押し寄せた。濡れないようにワンピースの裾を持ち上げながら「ぬるーい!」声をあげてはしゃぐ。その姿は、まるで高校生のようだ。

 胸の高鳴りを感じて、幸福感で満たされる。

「幹太くんもこっちおいでよー!」

 ばしゃばしゃっと弾ける水滴がキラキラ輝いて、水面に落ちてゆく。水平線の向こうには、沈み始めの夕陽がオレンジ色を発光させる。

「……なに子どもみたいなことやってるの」
「だーってこんなに綺麗な海見てたら入りたくなっちゃうでしょ!」
「それは小学生のうちまで」

 そういえば亮介も国崎もなんの躊躇いもなく遊んでたよな。高校生になったら恥ずかしいとか人目を気にするはずなのに、この町の子ってみんなそうなのかな。

「今だって子どもだよ。私も幹太くんも、まだまだ子どもなの。成長の途中なんだよ」
「俺まで一緒にしないでよ」
「いいじゃん。仲良しってことで!」
「よくないよくない」

 俺は早く大人になりたいんだ。大人になって栞里に追いつきたい。
 二歳は近いようで遠すぎて、俺がどんなに必死に走っても栞里の隣に並ぶことはできない。俺が進めば栞里も同じように進むから、いつまでたっても二つ離れたままだ。