それから栞里と二人で海岸までやって来た。

「ここで女の子と出会ったんだよね?」
「正確な場所は分からないけど多分……」

 砂に足跡を残しても、すぐに波がそれを攫ってゆく。

「思い出せそう?」
「うーん、どうだろう……」

 はっきりと思い出そうと焦れば焦るほど、記憶はぼんやりと溶けてゆく。

 ──『どうしたの? 大丈夫?』

 この前、亮介たちと来たときもその部分だけが記憶の奥底から浮かんできた。
 だけど俺が知りたいのはこれじゃない。

「この場所で……」

 ふと、立ち止まり目を閉じる。深い泥の中に手を突っ込むようにして、記憶を探った。少し潜る。いや、まだだ。もっともっと奥深くに。

 ──『妹とけんかしちゃったの』

 頭の中で女の子の声が再生される。

 ……あれ、これって俺の記憶か?

 ──『それで家にいたくなくて飛び出してきちゃった』
 ──『だけど誰にも内緒で出てきたから、きっとお母さんたちしんぱいしてる』

 多くの記憶が瓶の栓を抜いたように、快いテンポで流れ出てくる。

「……やっぱり、ここだ」

 閉じていた瞼を押し上げると、目の前に青い海が広がった。十年前に見たあの日の記憶と重なった。

「何か思い出したの?」
「十年前のあの日、女の子と話した記憶が少しだけ頭の中に浮かんだ」
「えっ…! じゃあ顔も思い出せたの?」
「いいや、それは残念ながら」

 人生そう都合よく事は進まないらしい。女の子と会話した映像は流れるのに、顔だけがぼんやりとぼかされているようだ。

「そっかぁ……」

 苦い笑みを浮かべたあと、砂浜に落ちていた小石を蹴った。瞬間何かを思い出したかのように「─あっ!」声をあげる。

「じゃあ名前は? 思い出せた!?」

 ぱあっと花が咲いたように俺を見つめた。

「名前? うーん……」

 カセットテープを巻き戻すように、思考を遡るが女の子の名前らしきものは一つも浮かんでこない。

「いや……」

 ゆっくりと首を振ると、そっか、と栞里は答えた。雲間に入ったように顔が少しだけ曇る。

「せめて名前だけでも分かったらよかったのに」

 俺の記憶は、ちっぽけだ。

「もし名前が分かったとしたら女の子、幹太くんは探したかった?」

 十年前の出来事を今さら掘り返すことも違うかもしれないけれど。

「……なんか思い出さなきゃいけないような気がする」

 小学生だったとはいえ、意味も分からず女の子に幸せになれる砂をあげたのは俺だ。十年も経って覚えていない可能性の方が多いけど、それでも心が訴えている。