「だってさぁ人間の記憶って上書きできるようになってるでしょ? 一年経つと、一年分の記憶が上書きされる。だから十年も前のことなんて全部はっきり覚えてる方が無理なんだよ」
淡々と告げられる言葉は、さっきの言葉を分かりやすいように俺に噛み砕いたのだろう。
なるほどたしかに、と納得する。
十年も前のあの日のわずかな時間の記憶なんて、十年分の記憶が上書きされてしまえば、水のようにさらさらと流れて消えてしまう。
だけど、それは泡のように無くなってしまったわけではないんだろう。俺の記憶の奥深くに眠っているだけで──…
その上聞かされた過去の記憶は、見ず知らずの子に心配して声をかけた挙句、幸せになれる砂をあげた。当時の俺はそれがどういう意味を示すのか分かっていなかった。なんたる失態だろう、と羞恥が俺を襲う。
「それとも幹太くんは、その女の子のこと思い出したいって思う?」
十年も前の女の子のことなんて今さら関係ないはずなのに、心がざわつくのはなぜだろう。
「俺が何かを忘れてるなら、それを思い出したいなって思ってる」
そんな不確かな言葉よりも、もっとも明確な言葉があるはずだ。それはきっと──
「いいや、違う。俺は思い出さないといけないんだと思う……必ず」
その女の子がもしかしたらこの町に導いてくれたのかもしれない。その出会いがなければ、ここへ引っ越してくることもなかったかもしれない。──なんて全部、物は言いようだ。
「じゃあ、海岸に行ってみる?」
突飛な提案に、狐につままれたようにキョトンとした表情を浮かべた俺。
「……え、今から?」
「だって思い出すならあのときと同じ場所の方がいいでしょ?」
ブランコからぴょんっと立ち上がると、俺を見つめる。
「いや、あの……」
状況の変化についていけずにいると。
「善は急げ、って言うでしょ!」
俺の手を取って無理やりブランコから立ち上がらせると、「ほら早く早く!」そのまま俺の手を引っ張った。
俺の胸はしばらく早鐘を撃ち続ける。