「それにしても幹太が女の子の話をすなんてこれで二度目だなぁ」

 溢れそうになる感情を必死に堪えていると、目の前から突飛なことを告げられる。

「……今の、どういうこと?」

 驚いて涙も引っ込んだ。どうやら感情の起伏が安定していないらしい。

「あれはまだ幹太が小学一年になったばかりの頃だったなあ──」腕を組みながら、記憶をたどるようにしてぽつりぽつり答え始める。

「この町に観光で来たことがあるんだ。海が綺麗だと有名らしくてな。その日は家族連れが多かったんだ。そのとき幹太が急に走るから少しの間俺たちは幹太を見失ってしまったんだよ」
「俺が……?」
「ああ。それで母さんと探していると、幹太は女の子と一緒にいたんだ」

 あまりにも多すぎる情報量に頭がパンクしかけて、湯気が出そうになる。

「ちょ、ちょっと、待って……」

 俺が小さい頃この町の海に行ったら家族連れが多くて、その中に一人でいた女の子を見かけて走ったら迷子になった。で、俺を父さんたちが探したと。そしたら俺が女の子といた……?

「それでな、幹太に尋ねると『ひとりだったからこえかけた』って。多分、女の子が迷子だったんだろうな」
「……どんな女の子?」
「それがあんまり覚えてなくてだなあ」

 小学一年生って言ったら十年も前のことだ。覚えていなくて当然だろう。

「まぁとにかくそれが一日目の話なんだ」

 〝一日目〟とあえて付けるのは、このあとにだ続くことを意味している。
 どうやら俺に飲み込む時間を与えてはくれはいらしい。

「それでだな、翌日、帰りに何かお土産を買って帰ろうかと思って雑貨屋に寄ったら、なんとかの砂……?を幹太が気に入ってそれを買ったんだ」

 雑貨屋って多分栞里が言ってた場所のことだよな。なんとかの砂ってのは〝幸せになれる砂〟のことだろう。

「電車の時間も迫ってたしそろそろ帰ろうかと思ったんだが、どうしても幹太……おまえが最後に海を見たいって言うんだ」
「えっ、また俺が……?」
「ああ、そうだ。今ではすっかり落ち着いているが、あの頃の幹太はかなりのわがままだったからなぁ」

 そう言いながら懐かしそうにはははと笑うから、過去の自分を想像するだけで恥ずかしくなる。

「……それでどうしたわけ」

 早く話が過ぎ去ってほしくて言葉をまくし立てると、ああそうだったな、と笑いながらまた昔の記憶を手繰り寄せるように話す。