たしかに俺は全部のものを手放した。小学生から続けていた野球も、全部全部。自ら望んで捨てたのだ。

「幹太がそんなふうになったことを母さんは、自分のせいだと責めた。『私が病気になったせいだ』って言って泣いていた」
「え、母さんが……?」
「ああ。幹太の前で泣かなかったのは自分よりも幹太の方がつらいと思ったからだ。野球も何もかも手放した幹太が一番苦しいんだと……」

 多くの記憶が栓を抜いたように次々と溢れてくる。俺が病院へお見舞いに行ったとき、母さんはいつも笑っていた。泣いた顔なんか見たこともなかった。

「自分がいなくなったあとも幹太が今のような生活を送るんじゃないかとすごく心配していたぞ」
「それは……」

 言いたいのに何も言えない。のどの奥から言葉が出てこない。

「……まあそれは少し前までの話だがな」

 代わりに父さんが言葉を落とすが、理解できずに俺はキョトンと固まった。

「幹太に友達ができたって知って喜んでいたぞ。それにな部活にも入部したって知って母さん自分のことのように喜んでたなあ」

 水を得た魚のように生き生きと喋りだすが、俺はある言葉に引っかかって「えっ…」声を漏らす。

「……部活のこと、なんで知って……」
「知ってるさ。母さんが幹太との会話を全部話してくれるんだ、嬉しそうに」
「あ、ああ……なるほど…」

 俺のいないところで父さんに話していたのか……そりゃそうか。夫婦なら、会ったときに会話だってするだろうし、父さんが部活のことを知っててもおかしくはない。
 だけど、全てを理解されているのは少し恥ずかしかった。

「よっぽど嬉しかったんだろうなあ。友達ができたのも部活に入ったのも彼女ができたのも……」
「だからっ、彼女じゃなくて友達だって…!」

 慌てて訂正すると、キョトンとした表情を浮かべていた父さんはようやく理解したように「ああ、そうだったな」苦笑いを浮かべる。

 二度も間違えるからわざとじゃないかと疑惑が湧く。

「母さんは、幹太の話を聞いてよほど嬉しかったんだろうなあ……『もうあの子はなにも心配することはない』って安心して笑ってた」
「えっ……」

 〝もう心配することはなにもない〟

 まるで最期の願いが叶ってあとは死を待つだけの意味にも聞こえる……

 ──ああなんでいつも俺は、肝心なときにバカばっかりやってるんだろう。