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「幹太、この前母さんのところに彼女を連れて行ったんだってな」

 突飛もないことを夕飯を食べているときに食卓で父さんがそんなことを言った。味噌汁を飲んでいた俺は思わず吹き出した。

「汚いなぁ……」
「いきなり父さんがそんなこと言うからだろ」

 ……どう見ても今のは父さんが悪い。俺に非はない。

「いやあ、だって母さんがあんなに嬉しそうに喜んでいたのは久しぶりだったから俺も嬉しくてなあ。なんせ『幹太に彼女ができた』って言うもんだから」

 食べる箸が止まり、代わりに口が饒舌になる父さん。

「……言っとくけど彼女じゃないから」
「またまたそんな冗談を」
「いや、ほんとに」
「照れなくていいって」
「マジだから」
「……」

 ここで嘘をついたって俺の得にならない。むしろ誤解されて冷やかされるのがオチだ。

「だから、全部母さんの誤解だってこと」

 栞里には友人として来てほしいと言った。母さんには好きな人だと説明はしたけど本人にそれが知られないように友人だと思って話をしてほしいとお願いした。それを父さんは彼女だと勘違いしてる。これが伝言ゲームなら確実にアウトだ。

「誤解……そうなのか」

 父さんは、少しだけ残念そうに肩を落とした。

「じゃあ、その子は幹太とどういう関係なんだ?」

 気を取り直したように告げられる。できればこの話題は早く終わりたい。羞恥心が俺を掻き立てるからだ。

「……友達」

 視線を落として、なるべく冷静を装う。

 そうしたら、「そうか」さきほどとは打って変わって落ち着いた声が聞こえる。
 〝友達〟と嘘をつくたびに俺の心にダメージが募る。

「だけど母さん、幹太に友達がいると知ってすごくホッとしただろうなあ」

 カチャン、と短い音が鳴る。ちら、と視線を向ければ箸を茶碗の上に置いていた。まだ食べ終えていないのに。そう思っていたら、不意に父さんは口を開いた。

「おまえは母さんの病気が見つかってから今まで持っていたものを全部手放しただろう。野球だってそうだし友達だって……それを母さんはすごく心配してた」

 昔の記憶をたどるようにぽつりぽつりと話し始める。