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「あのさ、写真部なんてどうかな?」
ある日の休み時間、女の子が俺の席の前で放った第一声に反応したクラスメイト数人は、首がもげそうなほど振り向いた。転校初日に俺のことをバスケ部やサッカー部に勧誘したやつらだ。
それを見る限り、どうやらまだ諦めていないらしい。
そんなことより、この子名前何だっけ。多分、同じクラスメイトではあるんだろうけれど。
「どうって言われても、か……」
部活に入るつもりはなかった俺の口からは、〝家庭の事情〟があるから、とぽろっとこぼれ落ちそうになる。
「か?」
「……蚊が飛んでた」
余計なことを言ってしまわないように、慌てて言葉を誤魔化した。
「今の絶対嘘! 明らかに間があったもん!」
だけど、それを間に受けなかった女の子は、ばん、と机の上に手をついた。こういう子はちょっと厄介だ。
「……嘘じゃないって」
「だったらどうやって蚊が入ってくるの! 窓開けてないのに!」
はあ? 嘘だろ……? 慌てて窓へと顔を向けるが、どうやら彼女の言っていることが正しい。視線の先の窓は開いてなかった。
「ねえ、どうして嘘ついたの?」
「べつに嘘ついたわけじゃ、」
「だったらどうして蚊がいるなんて言ったの?」
執拗に俺に詰め寄ったそのとき「ストップ」彼女の背後から伸びてきた手が両肩を引き寄せた。
「……あ、亮介」
顔を後ろへ向けた女の子の表情が少しだけ緩む。まるで昔なじみの人のような親しみのこもった表情を浮かべる。
「まーた暴走してんのか、茜音」
「だあって、もうすぐ期限が来るんだよ? 近くまで迫ってるんだよ?! 亮介ってば全然協力してくれないから私がやるしかないじゃん」
「だからってそんな強引にしたって意味ないぞ」
「それはそうかもしれないけどさあっ……!」
女の子の見開いた瞳から、烈々たる気迫がレーザービームのように放射されている。
一方で男は、それをなだめ器用にかわしながら落ち着かせる。まるで阿吽の呼吸といったところだろうか。
──ああ、なんだこれ。俺は一体、何を見せられてるんだ。カップルの痴話喧嘩か? それとも夫婦の漫才か? いや、どっちにしても俺には関係ない。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」
逃げるために立ち上がったまではよかったが、そこから先はうまくはいかない。くんっ、と後ろへ傾きかけた俺の身体は廊下に出る一歩手前で引き止められる。