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 高校一年の夏休みが終わる数日前に十六年間住んでいたマンションを離れて海が見える田舎町へ引っ越した。

高槻幹太(たかつきかんた)です、よろしくお願いします」

 東京から二時間ほど離れたこの町は、電車が一時間に二本しかなく、バスだって二、三十分に一本しかない。家から自転車を十五分も漕いだのは、これが生まれて初めてだった。

 ビルや商業施設なんてものはほとんどないが、少し自転車を漕げば商店街はある。コンビニは最近できたらしい。海と共存するように住宅街が広がっていた。
 自然があるため虫がたくさんいる。今朝だって自転車を漕いでいると大きな虫が飛んできて危うく転ぶところだった。

「高槻さぁ、前の学校で部活入ってた?」

 HRが終わった真っ先に俺の席の前に立ったやつが開口一番に尋ねたのは、それだった。
 普通なら都会から引っ越して来た俺を見て「東京ってどんなところ?」「芸能人見たことある?」「人ってそんなたくさんいんの?」等々の質問を予想していたのに。

「いや、入ってないけど……」

 小学生の頃から少年野球をしていて、中学一年の終わり頃までは野球部に所属していた。

「じゃあ今まで何かやってた?」

 そう尋ねられて俺は「…まぁ一応」と困った顔のまま愛想笑いを浮かべたあと目を逸らす。部活の話はなるべく避けたかった。

「じゃあサッカー部とか?」

 挙手をしながら答え出すクラスメイト。次のやつが挙手をしてバスケ部、野球部、テニス部、次から次へと思いつく部活名を連呼される。まるでクイズ大会のようだ。それらに全て俺は苦笑いで通す。

 その中に答えはあったが、俺はそれに正解を出さない。勧誘されたくなかったからだ。「残念ながら」とだけ答える。そうしたら、あと何の部活があるんだよ、と頭を悩ませる男子。そんなくだらないことで会話が広がる。

 なんてお気楽なやつらだろう。やり場のない苛立ちで、頭の芯がチリチリと音を立てる。

「──あっ、そうそう。この学校必ず部活に入らないといけない決まりがあるんだけど何の部活に入るか決めた?」

 突然割り込んできた言葉に俺は驚いて、のどの奥から声は出なかった。

 今朝、担任のところに学校の説明を聞きに行ったときなんかそんなの一切言われなかった。もしかしたら俺の家庭の事情を知っていたから、気を遣ってそれを教えなかったのかもしれない。