「では、昔の凜は、どんな子どもだったのだ?」
脈絡のない話の提示に、彼は私が緊張しているのを察して、それをほどこうとしてくれているのだとわかった。
「そうね……。今より活発だったかな。兄や友達もあやかしが見えていたから、みんなで遊んだわ。子どものときは種族の違いなんて考えていないから無邪気で、日が暮れてもあやかしたちと輪になっていたの。お母さんが探しに来なかったら、神隠しに遭っていたかも」
「ほう。兄はわかるが、人間の友人にあやかしが見える者がいたのか?」
「ひとりだけね。その男の子は別の地区に引っ越していったから、ずっと会ってないわ」
「しかも男なのか……。そいつは別れ際に、凜を嫁にもらうなどと言ってないだろうな?」
春馬は訝しげに眉をひそめた。
もしかして、彼は嫉妬しているのだろうか。単なる子どもの頃の思い出話だというのに。
私は微苦笑を浮かべて説明する。
「残念だけど、そんな約束はしなかったわね。それに学区が変わるだけで、遠くに行くわけじゃなかったから、またねっていう軽い感じで別れたのよ」
「そうか。安心した。もっとも、俺の花嫁に手を出す輩がいたら、踏み潰すだけだが」
「踏み潰すのはやめてね。私を花嫁にもらうなんて言うのは春馬だけよ」
「そんなことはあるまい。こんなに美しいおまえを、ほかの男に奪われないか心配だ」
美しいだなんて褒め言葉は、誰からももらったことはない。
嬉しくて恥ずかしくて、頬が朱に染まり、浴衣の袂で顔を隠した。
「春馬こそ、昔はどんな感じだったの? 死闘を繰り広げていたということは……戦いに明け暮れていたとか?」
「その時代は長きにわたったな。鬼神たちは、いわゆる仲間ではない。互いに憎み合い、蹴落とし合って己の力を誇示するのだ。そうするのが鬼神の性なのだ」
遠い目をした春馬は、ごろりと体を横たえた。
枕に頭を預けて仰臥した彼は、私の腰に絡みついた帯を悪戯に引く。
寝物語に話そうという合図かもしれない。私も、そっと逞しい体の隣に寝そべる。
「現在は鬼衆協会の存在が八部鬼衆を二分したが、協定が結ばれたこともあり、両陣営の統制が取れている。だが俺は鬼神たちが和平を尊ぶなど信じていない。俺は自身をも、信じられないのかもしれぬ。俺の内側がひどく疼くのだ。それは幸せな家庭を目にしたとき、かきむしられるような衝動をもたらす。どれだけ数多のあやかしに傅かれようとも、ほかの鬼神を打ち倒しても、この渇きを癒やすことはできなかった」
低い声音で淡々と紡がれる言葉には、計り知れない孤独の中で生きてきた鬼神の過去が隠されていた。
春馬は、寂しいのね……。
仲間も家族もいない孤独な鬼神は、それをうらやむことさえも許されないのだろうか。春馬は寂しさを認めたくないか、もしくは自身が孤独だと理解するのを拒んでいるように見えた。
彼が世継ぎが欲しいという条件を掲げたのには、そういった思いがあったからなのかもしれない。
「春馬が幸せな家庭を持ったら、きっと癒やされるわ」
「そうだろうか。掴んだことがないものは、正体がわからぬ」
私たちの子どもができたら……なんて恥ずかしくて言えなくて、どこか他人事のように話してしまった。
私も、春馬と幸せな家庭を築きたい。
けれど、なにをどうすればよいのか、具体的な方法がわからないのだ。
私たちは夫婦になったものの、まだどこへ向かうべきなのか手探りの状態だった。
でも、彼と交わす言葉が、こんなにも温かい。
ふいに春馬は、ぽつりとつぶやいた。
「……凜。手を握ってもいいか。おまえに触れられないのは寂しい」
「うん……。私も、手をつなぎたい」
そっと触れ合う手と手が、つながる。
春馬の大きなてのひらで、しっかりと握り込まれた。
体は熱いのに、意外にも彼の手はひんやりしている。
「冷たい……鬼神の手は冷たいのね」
「おまえが温めてくれ」
「こんなに冷たい手なら、一晩中温めていないといけないくらいだわ」
「一晩中、つないでいよう。永劫でもよい」
そう言った春馬は甘えるかのように頭を寄せてきた。亜麻色の髪が、さらりとこめかみをくすぐる。
永劫だなんて、気の長い話だ。鬼神の春馬とは時間の感覚が異なるのだと感じる。
「春馬は私が生まれるずっと前から、この姿なのね。そして、これからも……」
「これからどうかはわからぬ。不死ではないからな。おまえが俺を忘れたときに、死ぬかもしれぬ」
「なに言ってるの。そんなわけないでしょ」
脈絡のない話の提示に、彼は私が緊張しているのを察して、それをほどこうとしてくれているのだとわかった。
「そうね……。今より活発だったかな。兄や友達もあやかしが見えていたから、みんなで遊んだわ。子どものときは種族の違いなんて考えていないから無邪気で、日が暮れてもあやかしたちと輪になっていたの。お母さんが探しに来なかったら、神隠しに遭っていたかも」
「ほう。兄はわかるが、人間の友人にあやかしが見える者がいたのか?」
「ひとりだけね。その男の子は別の地区に引っ越していったから、ずっと会ってないわ」
「しかも男なのか……。そいつは別れ際に、凜を嫁にもらうなどと言ってないだろうな?」
春馬は訝しげに眉をひそめた。
もしかして、彼は嫉妬しているのだろうか。単なる子どもの頃の思い出話だというのに。
私は微苦笑を浮かべて説明する。
「残念だけど、そんな約束はしなかったわね。それに学区が変わるだけで、遠くに行くわけじゃなかったから、またねっていう軽い感じで別れたのよ」
「そうか。安心した。もっとも、俺の花嫁に手を出す輩がいたら、踏み潰すだけだが」
「踏み潰すのはやめてね。私を花嫁にもらうなんて言うのは春馬だけよ」
「そんなことはあるまい。こんなに美しいおまえを、ほかの男に奪われないか心配だ」
美しいだなんて褒め言葉は、誰からももらったことはない。
嬉しくて恥ずかしくて、頬が朱に染まり、浴衣の袂で顔を隠した。
「春馬こそ、昔はどんな感じだったの? 死闘を繰り広げていたということは……戦いに明け暮れていたとか?」
「その時代は長きにわたったな。鬼神たちは、いわゆる仲間ではない。互いに憎み合い、蹴落とし合って己の力を誇示するのだ。そうするのが鬼神の性なのだ」
遠い目をした春馬は、ごろりと体を横たえた。
枕に頭を預けて仰臥した彼は、私の腰に絡みついた帯を悪戯に引く。
寝物語に話そうという合図かもしれない。私も、そっと逞しい体の隣に寝そべる。
「現在は鬼衆協会の存在が八部鬼衆を二分したが、協定が結ばれたこともあり、両陣営の統制が取れている。だが俺は鬼神たちが和平を尊ぶなど信じていない。俺は自身をも、信じられないのかもしれぬ。俺の内側がひどく疼くのだ。それは幸せな家庭を目にしたとき、かきむしられるような衝動をもたらす。どれだけ数多のあやかしに傅かれようとも、ほかの鬼神を打ち倒しても、この渇きを癒やすことはできなかった」
低い声音で淡々と紡がれる言葉には、計り知れない孤独の中で生きてきた鬼神の過去が隠されていた。
春馬は、寂しいのね……。
仲間も家族もいない孤独な鬼神は、それをうらやむことさえも許されないのだろうか。春馬は寂しさを認めたくないか、もしくは自身が孤独だと理解するのを拒んでいるように見えた。
彼が世継ぎが欲しいという条件を掲げたのには、そういった思いがあったからなのかもしれない。
「春馬が幸せな家庭を持ったら、きっと癒やされるわ」
「そうだろうか。掴んだことがないものは、正体がわからぬ」
私たちの子どもができたら……なんて恥ずかしくて言えなくて、どこか他人事のように話してしまった。
私も、春馬と幸せな家庭を築きたい。
けれど、なにをどうすればよいのか、具体的な方法がわからないのだ。
私たちは夫婦になったものの、まだどこへ向かうべきなのか手探りの状態だった。
でも、彼と交わす言葉が、こんなにも温かい。
ふいに春馬は、ぽつりとつぶやいた。
「……凜。手を握ってもいいか。おまえに触れられないのは寂しい」
「うん……。私も、手をつなぎたい」
そっと触れ合う手と手が、つながる。
春馬の大きなてのひらで、しっかりと握り込まれた。
体は熱いのに、意外にも彼の手はひんやりしている。
「冷たい……鬼神の手は冷たいのね」
「おまえが温めてくれ」
「こんなに冷たい手なら、一晩中温めていないといけないくらいだわ」
「一晩中、つないでいよう。永劫でもよい」
そう言った春馬は甘えるかのように頭を寄せてきた。亜麻色の髪が、さらりとこめかみをくすぐる。
永劫だなんて、気の長い話だ。鬼神の春馬とは時間の感覚が異なるのだと感じる。
「春馬は私が生まれるずっと前から、この姿なのね。そして、これからも……」
「これからどうかはわからぬ。不死ではないからな。おまえが俺を忘れたときに、死ぬかもしれぬ」
「なに言ってるの。そんなわけないでしょ」