重厚な日本家屋は、まさに屋敷と呼ぶのにふさわしい。鬼神は神世に居城を持っているが、現世でこれほどの物件を所有しているなんて、相当な資産家と思われる。
 唖然としていると、降車して回り込んできた春馬に手を取られた。
「すごいお屋敷ね……。春馬は若旦那さまなの……?」
「若旦那という称号は使用していないが、不動産業を営んでいる。現世に住まう鬼神たちの動向を密かに調査及び監視する目的もあり、現世に屋敷や身分を確保することが必要なのでな。ゆえに現世を訪れるときは、この屋敷に泊まっている」
 車を降りると、玄関前にはずらりと使用人らしき人々が並んでいた。頭を下げて出迎えられ、お嬢様のような待遇に戸惑ってしまう。
 屋敷に使用人がいるとは先ほど聞いたが、お手伝いのおばさんがひとりいるだとか、そういうことだと思っていた。私の想像する規模を遥かに超えている。
 彼らの間を悠然と通り過ぎた春馬は、玄関へ入った。
「花嫁の部屋に案内しよう。おまえをいつ迎えてもよいよう、あらゆるものを用意させてある」
「あらゆるもの……?」
 洗面道具だとか、そういったものだろうか。一応、自分の歯ブラシは持参してきた。
 そういえばシャンプーを忘れてきたので借りよう……と考える。
 だがその呑気な思考はすぐに覆された。
 廊下を渡り、奥の間へと導びかれる。春馬は金箔で彩られた襖を開けた。
 その途端、きらきらと煌めく輝きが目に飛び込む。
 部屋の光景をぐるりと見回した私は、呆気に取られる。
「なに、これ……」
 鶴模様が刺繍された艶やかな紅綸子の打掛。華やかな御所車と桜が描かれている振袖など、数々の豪奢な着物が衣桁にかけられて飾られている。目も眩むような吉祥と百花繚乱が咲き乱れていた。
「これは京友禅だな。こちらは加賀の正絹縮緬だ。いずれも職人に数年をかけて織らせた特注品で、一点ものだ。それから懐剣や帯締めほか装身具なども量販品ではなく、特注して金糸や宝玉を織り込み、贅をこらした造りになっている」
「……丁寧な解説、ありがとう」
 訊ねたのは着物の詳細ではないのだが。
 豪華な着物が部屋中を埋め尽くしていることへの疑問だった。
 まさか、この高価な着物のすべてが花嫁への贈り物だというのだろうか。
「もしかして、これ全部、私へのプレゼントなの?」
 質問すると、長い睫毛を瞬かせた春馬が首を傾げつつ、私の顔を覗き込む。
「そうだが。ほかにいかなる可能性があるのか、聞かせてもらおうか」
「……確認しただけよ。こんなに高価な品物は受け取れないわ」
 体はひとつしかないのに、店を開けるほど大量の着物を贈られても困る。鬼神の花嫁だからといって贅沢がしたいわけではない。
 ところがその返答を聞いた春馬は眉根を寄せた。
「なぜだ。着物の柄が気に入らなかったのか?」
「そうじゃなくてね……。私は贅沢をしたいわけじゃないの。こんなにも高価な着物ばかりをもらっても困るのよ」
「遠慮するな。俺の花嫁なのだから、贅沢をさせるのは当たり前だ。これだけではなく、別室には宝石を用意させている。それから螺鈿細工の箪笥に、黄金の香炉、それと……」
 まったく私の言い分を理解してくれないので、溜息がこぼれる。
 このままでは深夜まで贈り物についての解説を聞かされそうだ。
「もういいわ。今日は遅いから、寝るわね」
「そうか。では、花嫁の寝支度をさせよう」
 パン、と春馬が手を打つ。すると音もなく使用人たちが現れた。
 彼女たちに連れていかれた先は広い湯殿で、着ていたワンピースを脱がされそうになり、慌てて拒否する。
 ひとりで入浴したいと訴えて全員に脱衣所から出ていってもらったが、湯船からあがると、浴衣やバスタオルを手にして待ち構えられていたので悲鳴をあげた。
 他人に入浴を手伝わせて、裸を見られるなんて耐えられない。
 私はどうにか自分で体を拭くと、使用人の女性たちに浴衣を着せられ、髪を乾かしてもらった。

「疲れた……」
 入浴するだけでこんなに疲労困憊するとは思わなかった。
 春馬の屋敷は神世の風習に則っているのか、ひどく古風である。逐一、使用人に世話をされるなんて慣れそうにない。
 今も使用人の女性に付き添われ、屋敷の奥へ案内されていた。次はようやく寝室に通されるのだろう。
 いろいろなことがあったので、ひとりになって考えたい。
 主屋から架けられた朱塗りの小さな橋を渡る。吊された灯籠の明かりが足元を照らしていた。