「達希くんは、おばあちゃん家に来てるとかそんな感じ?」
「うん、そうだよ」
結局、彼女は反対方向だというのに僕の方についてきた。ザ・田舎という感じの両側に田んぼが広がる道を僕らは歩いていた。
会話はあまりなく、一方的に彼女の方から話しかける感じだ。
たまには僕の方からもと思い、「広野さんもおばあちゃん家に来てるの?」と話しかけてみる。
「ーーーーー」
しばらくの間、彼女は何も言わなかった。
「んまぁ、そう、だね。そういう感じといえばそんな感じ」
「なんだそりゃ」
歯切れの悪い回答を訝しむと、彼女は「そんなことより」と無理矢理話題を変えた。
「達希くんはさ、部活入ってないんだっけ?」
「いや、入ってるよ」
「え?!あれ、達希くん部活入ってたの?!」
「うん」
彼女のオーバーリアクションが面白くて、僕はさらに言った。
「ちなみに一応運動部」
「え、運動部!そ、そーだったの?!別にあの、運動部に見えないとかじゃないんだけど」
その彼女の驚きようがあまりにおかしくて、僕は思わず小さく吹き出してしまった。
すると彼女は、むっとしたようにこちらを見た。
「わらわなくたっていいじゃん、もう。で、結局何部に入ってるの?」
「帰宅部」
「はぁ?!それは運動部って言わない!部活でもないし!」
彼女は全力で呆れた顔で叫んだ。
「帰宅部も立派な部活だよ、ちなみに部長は僕だよ」
「それ、帰宅部の人みんな言うよねー」
さらに呆れた顔でそう言った後、彼女は「でも」と続けた。
「達希くんとバカみたいな話してたら、なんか気が楽になったかも」
「気が楽になったって、広野さん、なんかあったの?」
僕が聞き返すと、彼女はしまった、というような顔をした。
何があったんだろうか。
「なんもないってば、空耳だよ」
あまりに下手くそすぎる嘘にツッコミを入れようとして、ふと思いとどまった。
クラスメイトとはいえ、赤の他人に等しい僕が、広野さんの聞かれたくないのかもしれない事情に、首を突っ込むべきではない。
そんな考えが頭をよぎり、僕は彼女の「気が楽になった」という発言について、これ以上触れないでおくことにした。
道の両側に広がる田んぼは、いつしか畑に変わっていた。
少し先に、ペンギンの描かれた交通安全の看板がぼんやりと見えてきた。
「そういやさ、達希くんコンビニで何買ったの?」
突然、広野さんがひょいと僕のレジ袋の中を覗き込んできた。
「え、まぁいろいろだよ」
「いろいろって、なに」
「ノートとか、ボールペンとか。あとおにぎり」
「え、ノートとかボールペンとかって、達希くん………勉強するの?」
「まぁ、そうだけど」
僕がうなずくと、彼女は僕が運動部だと言った時よりもおどろいた顔をした。
「そんな驚くかな」
「えー、だって。おばあちゃんちきたときくらい勉強しなくていいじゃん」
「でも、そうでもしないと課題が終わらないからさ」
「うわぁ、まっじめーー」
思う存分驚いた後、彼女はふと思い出したように言った。
「あれ、達希くんおにぎりも買ったんだっけ」
「ああ、うん。買った」
僕がうなずくと、彼女は嬉しそうに笑った。
「えへー、実はね、私もおにぎり買ったんだ。達希くんのは何味?」
「えびマヨだよ」
「あー、そっかあー。へえ…」
自分で聞いておいて、心底興味のなさそうな反応をされたので、僕は少々むっとした。
「私さ、おにぎりにマヨネーズを合わせるのって、ナンセンスだと思うんだよね」
「おいしいのに。ってか、全国のマヨラーに謝りなよ」
「え、達希くんマヨラーなの?」
「い、いや、僕は別にそんなんじゃ」
「その反応、あやしい。やっぱ達希くん、マヨラーなんだ」
「や、ちがうってば」
「いいってば、隠さなくて。いいよね、マヨネーズ。私も好きだよ」
「あー、もう…」
僕は必死にマヨラー疑惑を晴らそうとしたが、僕の努力は虚しく、彼女の中で僕は完全にマヨラーということになってしまった。
「そういう広野さんは、何味買ったの」
「あ、それ聞いちゃう?私はね、ええと、こんぶと、シャケと、五目唐揚げと、梅干しと、そぼろと、ひじきと、それから…」
「ちょっとまった」
僕は一旦ストップをかけ、彼女のコンビニ袋を奪い取った。
「ちょ、何するの」
彼女の言葉を無視して、僕は袋の中を覗き込んだ。
僕の目に飛び込んできたのは、大量のおにぎりたち。
ざっと数えて10個くらいある。
「あの、広野さん」
「はい?」
「あの、広野さんって、意外と大食いだったんだね」
その瞬間、右肩に衝撃が走った。
数秒して、僕は広野さんに肩パンされたと気づく。
「私が全部食べるわけないじゃん。これは、私と弟2人と親の分。お昼買ってこいって言われたの」
「なるほど、っていうか広野さんって弟いるの?それも2人も?」
少々食い気味になっていたのかもしれない、広野さんは若干引きながら頷いた。
「う、うん、いるけど。達希くん、ひとりっ子だっけ」
「そうだよ。ずっと弟っていうのに憧れてて。っていうか、なんで僕がひとりっ子って知ってるの?」
「あー、それね。友達が言ってた」
「友達?」
「うん、ほら、梨華だよ。達希くんと同じ中学の」
「あー、佐山さんね」
「そそ」
佐山梨華、というのは広野さんが言ったように、僕と同じ中学出身の女子だ。
中学ではテニス部だったが、高校ではダンス部に入っている。
うちの高校のダンス部は、いわゆる一軍女子の集まりだ。
それもあって、僕は少々佐山さんが苦手だった。
「広野さんて、佐山さんと仲良いんだっけ」
「梨華?普通に仲良いよ」
「そうなんだ。っていうかさ」
僕はふとあることを思いついて、話題を戻した。
「うん?」
広野さんは、首を傾げて、キョトンとした顔をした。
それを見て、広野さんって結構可愛いじゃんなんて、そんなことを思いながら、言った。
「あの、さ。広野さんの弟と、会えたり出来ないかな」
「え?」
「その、弟も来てるんでしょ?だから、一緒に遊んで、あわよくば仲良い近所のお兄さん的存在になったりしたりしちゃいたいなぁなんて」
「それは、ちょっと無理かな。いろいろと、今忙しくて。
てか、近所のお兄さんて、私高校の最寄駅から12駅のとこに住んでるんだけど」
「え…そんな遠かったんだ。でもさ、ほら、慕われてみたくて。お兄ちゃんとして。ちっちゃい頃からの夢なんだけどさ」
「慕うって…ねえ達希くん、誕生日いつ?」
「誕生日?」
どうして突然誕生日を聞くのだろう。
「2月9日だよ」
「えっ、2月9日?9日なの?」
「う、うん、9日」
僕がうなずくと、彼女はおかしそうにわはははと笑った。
「た、達希くん」
「うん?」
なにがそんなに面白いのだろうか。
「残念だけど、慕われることはないと思う」
「え、なんで?」
「うちの弟、2月8日生まれだから」
「2月8日生まれだとなんで慕われないの」
「弟って言ってもね、双子の弟なの。だから、うちの弟の方がお兄ちゃんだ」
「えっ…」
絶句する僕を見て、彼女はお腹を抱えて笑い出した。
「あー、おかしい。うちの弟ね、地元のヤンキー校に通ってるんだ」
「あ、そ、そうなんだ」
「うんうん。あー、笑った笑った!こんなに笑ったの久しぶりかも」
彼女は満面の笑みでそういうと、伸びをした。
「じゃあ私、この辺で戻るね。ごめんね、勝手についてきたりして」
「いや、そんな」
「じゃあまた夏休み明けに」
「うん」
じゃあね、とひらひらと手を振り、彼女は小走りで元来た道を戻って行った。
僕も小さく手を振りかえしておいた。
そして、再び歩き出す。
いつの間にかもう、ペンギンの看板は目の前にある。
ここの角を曲がると、もうおばあちゃん家が見えてくる。
そういえば、僕がコンビニから帰ったらアイスを食べなって、おばあちゃんは言ってたっけ。
僕はおばあちゃんと両親の待つ家へ、少し急ぎ足で帰った。
「うん、そうだよ」
結局、彼女は反対方向だというのに僕の方についてきた。ザ・田舎という感じの両側に田んぼが広がる道を僕らは歩いていた。
会話はあまりなく、一方的に彼女の方から話しかける感じだ。
たまには僕の方からもと思い、「広野さんもおばあちゃん家に来てるの?」と話しかけてみる。
「ーーーーー」
しばらくの間、彼女は何も言わなかった。
「んまぁ、そう、だね。そういう感じといえばそんな感じ」
「なんだそりゃ」
歯切れの悪い回答を訝しむと、彼女は「そんなことより」と無理矢理話題を変えた。
「達希くんはさ、部活入ってないんだっけ?」
「いや、入ってるよ」
「え?!あれ、達希くん部活入ってたの?!」
「うん」
彼女のオーバーリアクションが面白くて、僕はさらに言った。
「ちなみに一応運動部」
「え、運動部!そ、そーだったの?!別にあの、運動部に見えないとかじゃないんだけど」
その彼女の驚きようがあまりにおかしくて、僕は思わず小さく吹き出してしまった。
すると彼女は、むっとしたようにこちらを見た。
「わらわなくたっていいじゃん、もう。で、結局何部に入ってるの?」
「帰宅部」
「はぁ?!それは運動部って言わない!部活でもないし!」
彼女は全力で呆れた顔で叫んだ。
「帰宅部も立派な部活だよ、ちなみに部長は僕だよ」
「それ、帰宅部の人みんな言うよねー」
さらに呆れた顔でそう言った後、彼女は「でも」と続けた。
「達希くんとバカみたいな話してたら、なんか気が楽になったかも」
「気が楽になったって、広野さん、なんかあったの?」
僕が聞き返すと、彼女はしまった、というような顔をした。
何があったんだろうか。
「なんもないってば、空耳だよ」
あまりに下手くそすぎる嘘にツッコミを入れようとして、ふと思いとどまった。
クラスメイトとはいえ、赤の他人に等しい僕が、広野さんの聞かれたくないのかもしれない事情に、首を突っ込むべきではない。
そんな考えが頭をよぎり、僕は彼女の「気が楽になった」という発言について、これ以上触れないでおくことにした。
道の両側に広がる田んぼは、いつしか畑に変わっていた。
少し先に、ペンギンの描かれた交通安全の看板がぼんやりと見えてきた。
「そういやさ、達希くんコンビニで何買ったの?」
突然、広野さんがひょいと僕のレジ袋の中を覗き込んできた。
「え、まぁいろいろだよ」
「いろいろって、なに」
「ノートとか、ボールペンとか。あとおにぎり」
「え、ノートとかボールペンとかって、達希くん………勉強するの?」
「まぁ、そうだけど」
僕がうなずくと、彼女は僕が運動部だと言った時よりもおどろいた顔をした。
「そんな驚くかな」
「えー、だって。おばあちゃんちきたときくらい勉強しなくていいじゃん」
「でも、そうでもしないと課題が終わらないからさ」
「うわぁ、まっじめーー」
思う存分驚いた後、彼女はふと思い出したように言った。
「あれ、達希くんおにぎりも買ったんだっけ」
「ああ、うん。買った」
僕がうなずくと、彼女は嬉しそうに笑った。
「えへー、実はね、私もおにぎり買ったんだ。達希くんのは何味?」
「えびマヨだよ」
「あー、そっかあー。へえ…」
自分で聞いておいて、心底興味のなさそうな反応をされたので、僕は少々むっとした。
「私さ、おにぎりにマヨネーズを合わせるのって、ナンセンスだと思うんだよね」
「おいしいのに。ってか、全国のマヨラーに謝りなよ」
「え、達希くんマヨラーなの?」
「い、いや、僕は別にそんなんじゃ」
「その反応、あやしい。やっぱ達希くん、マヨラーなんだ」
「や、ちがうってば」
「いいってば、隠さなくて。いいよね、マヨネーズ。私も好きだよ」
「あー、もう…」
僕は必死にマヨラー疑惑を晴らそうとしたが、僕の努力は虚しく、彼女の中で僕は完全にマヨラーということになってしまった。
「そういう広野さんは、何味買ったの」
「あ、それ聞いちゃう?私はね、ええと、こんぶと、シャケと、五目唐揚げと、梅干しと、そぼろと、ひじきと、それから…」
「ちょっとまった」
僕は一旦ストップをかけ、彼女のコンビニ袋を奪い取った。
「ちょ、何するの」
彼女の言葉を無視して、僕は袋の中を覗き込んだ。
僕の目に飛び込んできたのは、大量のおにぎりたち。
ざっと数えて10個くらいある。
「あの、広野さん」
「はい?」
「あの、広野さんって、意外と大食いだったんだね」
その瞬間、右肩に衝撃が走った。
数秒して、僕は広野さんに肩パンされたと気づく。
「私が全部食べるわけないじゃん。これは、私と弟2人と親の分。お昼買ってこいって言われたの」
「なるほど、っていうか広野さんって弟いるの?それも2人も?」
少々食い気味になっていたのかもしれない、広野さんは若干引きながら頷いた。
「う、うん、いるけど。達希くん、ひとりっ子だっけ」
「そうだよ。ずっと弟っていうのに憧れてて。っていうか、なんで僕がひとりっ子って知ってるの?」
「あー、それね。友達が言ってた」
「友達?」
「うん、ほら、梨華だよ。達希くんと同じ中学の」
「あー、佐山さんね」
「そそ」
佐山梨華、というのは広野さんが言ったように、僕と同じ中学出身の女子だ。
中学ではテニス部だったが、高校ではダンス部に入っている。
うちの高校のダンス部は、いわゆる一軍女子の集まりだ。
それもあって、僕は少々佐山さんが苦手だった。
「広野さんて、佐山さんと仲良いんだっけ」
「梨華?普通に仲良いよ」
「そうなんだ。っていうかさ」
僕はふとあることを思いついて、話題を戻した。
「うん?」
広野さんは、首を傾げて、キョトンとした顔をした。
それを見て、広野さんって結構可愛いじゃんなんて、そんなことを思いながら、言った。
「あの、さ。広野さんの弟と、会えたり出来ないかな」
「え?」
「その、弟も来てるんでしょ?だから、一緒に遊んで、あわよくば仲良い近所のお兄さん的存在になったりしたりしちゃいたいなぁなんて」
「それは、ちょっと無理かな。いろいろと、今忙しくて。
てか、近所のお兄さんて、私高校の最寄駅から12駅のとこに住んでるんだけど」
「え…そんな遠かったんだ。でもさ、ほら、慕われてみたくて。お兄ちゃんとして。ちっちゃい頃からの夢なんだけどさ」
「慕うって…ねえ達希くん、誕生日いつ?」
「誕生日?」
どうして突然誕生日を聞くのだろう。
「2月9日だよ」
「えっ、2月9日?9日なの?」
「う、うん、9日」
僕がうなずくと、彼女はおかしそうにわはははと笑った。
「た、達希くん」
「うん?」
なにがそんなに面白いのだろうか。
「残念だけど、慕われることはないと思う」
「え、なんで?」
「うちの弟、2月8日生まれだから」
「2月8日生まれだとなんで慕われないの」
「弟って言ってもね、双子の弟なの。だから、うちの弟の方がお兄ちゃんだ」
「えっ…」
絶句する僕を見て、彼女はお腹を抱えて笑い出した。
「あー、おかしい。うちの弟ね、地元のヤンキー校に通ってるんだ」
「あ、そ、そうなんだ」
「うんうん。あー、笑った笑った!こんなに笑ったの久しぶりかも」
彼女は満面の笑みでそういうと、伸びをした。
「じゃあ私、この辺で戻るね。ごめんね、勝手についてきたりして」
「いや、そんな」
「じゃあまた夏休み明けに」
「うん」
じゃあね、とひらひらと手を振り、彼女は小走りで元来た道を戻って行った。
僕も小さく手を振りかえしておいた。
そして、再び歩き出す。
いつの間にかもう、ペンギンの看板は目の前にある。
ここの角を曲がると、もうおばあちゃん家が見えてくる。
そういえば、僕がコンビニから帰ったらアイスを食べなって、おばあちゃんは言ってたっけ。
僕はおばあちゃんと両親の待つ家へ、少し急ぎ足で帰った。