あたしがわかったのは告白の返事をしてからなのに。そのときにはもうすでに景くんはなにもかもお見通しだったなんて。

「美久」

 あたしの中指を、景くんがきゅっとにぎる。
 やさしく、すがるように。

「誰かの意見が気になるなら、おれのことだけ気にしてよ」

 その言い方は、ずるすぎる。
 胸が締めつけられて、喉が萎んで、でも顔が熱くなって、目が潤んでくる。

 あたしの視界には、もう、景くんしか見えなくなる。
 と。

「なあ、そろそろいいか?」

 陣内くんがあたしたちのあいだに顔を出した。
 はっとしてまわりを見渡すと、教室にいた生徒がみんな悲しげな顔をしている。
 え、なんでそんな顔されているの。

「お前らが教室なのを忘れてふたりの空気になるから、みんなが心を閉ざしはじめただろ」
「そ、それ、は」

 たしかに。
 景くんと目を合わせて、手がつながっていることに気づき慌てて離す。

「はいはい、あとはふたりで仲良くやれ」

 白けた拍手を送られてしまった。けれど、みんなの表情はどこかあたたくも感じる。

 とにもかくにも今は教室を出なければ、と景くんと並んで廊下に出た。廊下でもあたしたちの会話は注目されていたようで、みんなから突き刺さるような視線が送られてくる。

「あのさ」
「え?」

 景くんがためらいがちに声をかけてきたので振り返る。

「おれ、私服がダサいんだよ」
「え? え、そ、そうなんだ」

 この前のデートではそんな感じはなかったけど。

 その無言で、もしかしたら中学時代の景くんが、デートでずっと不機嫌そうだったのも、たいした理由はないんじゃないかな、と思った。

 なんとなく、そう思う。

 あのころ、もしもお互い素直になってたらどうなっていたのかな。

「今度のデートは、あたしが計画してもいい?」
「どこ行く? キラキラの場所でも着いていってやるよ」
「景くんおもてなしコースにする」

 前は、あたしのことばかりだったから。どちらかひとりじゃない。あたしたちはふたりだから。

 これから、まだまだ知らないことを共有していけばいい。
 きらいなところも、好きなところも。

 どっちもあっていい。

「……美久はおれのこと、好きじゃないと、思ってた」

 ふ、と笑いながら、景くんが目元を手で覆う。
 泣いてる、の?
 なんで、泣くの。

「そんなこと、言ってない」

 お互い、相手の気持ちに、言葉に、ちっとも耳を傾けていなかった。

 あたしも、景くんの好きの言葉を、どこかでちがうものだと思い込んでいた。

「先に泣くのは、ずるい」

 ぼろぼろと涙があふれて止まらなくなる。

 頬を伝う涙が、ぽたんとノートに落ちて染みを作ったのが見えた。

 あたしだってうれしいのに。
 まるで景くんのほうがうれしいみたいだ。
 なんでそんなに。
 なんで。
 そんなの、うれしすぎて、泣くしかできない。



 景くんは、本当のあたしを知っていてくれた。それは、あたしの思う本当のあたしではなかったかもしれない。たぶん、美化されている気がするし、そんなあたしのために、景くんはちょっと無理をしたりもするような気がする。

 でも、不思議なことに、今はそんな景くんが好きだなと思った。

 あたしも、きっとそうなるからだ。



 目にしたのは、知ってしまったのは、お互いの弱音と、本音。

 だから、あたしたちは知らないふりして、本当の姿に気づかないまま好きになった。

 きらいだと思った姿も、好きだと思ったノートの言葉も、ホントは全部好きだった。

 どちらもあるから、好きになった。



「あたしのほうが、好き」
「なんで張り合うんだよ」


 頭に、景くんの手が添えられる。ちょっと涙の滲む声が愛おしい。
 へへ、と笑うと、景くんはあたしの体をぐいと引き寄せた。
 そして、廊下の真ん中であたしを思い切り抱きしめる。
 耳に届く歓声は、遠いどこかのもののように聞こえた。

 思い切り笑うと、世界は白く輝いた――ような気がした。



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  好きです