別れたのに、自分から別れようと言ったのに、頭上から大きな岩が落ちてきたみたいに、頭がぐらぐらと揺れる。
ふたりは靴箱で話してから、すぐにお互いの教室に向かうために別れた。
渡り廊下にいたら見つかってしまう、と慌てて中庭に飛び出て、ものかげに隠れる。そして景くんが通り過ぎるのをじっと息を潜めて待った。
足音が遠ざかる。
気づかれませんように……!
お願いします!
「なにしてんの」
背後から、景くんの声が聞こえてくる。
……せめて、せめて眞帆に見つかりたかった。
そろそろと振り仰ぐと、景くんが呆れた顔をしてあたしを見下ろしていた。
「ご、ごめん」
「いや、謝るようなことでもないし」
そうかもしれないけれど、言葉がうまく出てこない。
それに……景くんは交換日記のことに気づいている、てことだよね。ずっと騙していたあたしをどう思っているのかと考えると、目を合わせられなくなる。
視線を泳がせながらこの場をどうしようかと考えていると、景くんの大きな手が目の前に差し出された。
「おれも、悪かった」
「……なんで謝るの」
返答はない。
そのかわり、景くんはあたしの手を掴んで引き上げる。
目の前にいる景くんは、つき合っていたときよりも身近に感じた。今までとなにがちがうのかわからない。あたしは今はじめて、景くんと目を合わせているのかもしれない。そんなはずないのに。
「美久はもうちょっと、ワガママになったほうがいいよ」
く、と景くんが喉を鳴らした。
「視野が狭くて、悪かったな」
急にどうしてそんなことを言い出すのかわからないけれど、謝ることじゃない。
「それは、悪いことじゃないって、言った気がするけど」
景くんの手は、まだあたしの手を掴んでいた。
「迷わないで、景くんのままでいられるから、羨ましい」
「人に隠してても?」
そう言われると難しい。
でも、ここにいる景くんは、小学校のころからなにもかわっていないと思う。あたしは、景くんが誰にも影響されないところが好きだった。趣味や好みなんか知らなかった。
そんなことは、どうでもよかったから。
「……隠してるのが、景くんらしいのかも」
「そっか」
息を吐き出して、景くんは目を細める。
「そう思うなら、おれも同じ気持ちだってわかってくれるよな」
握られた手が、熱くなる。
「美久はからっぽだって言ってたけど、おれがいる限りからっぽにはなれないよ」
「なに、それ」
「おれ以外にも、いるから」
景くんはそう言って、あたしの手を離して肩を掴む。そして、くるりとあたしの体を回転させた。
「眞帆」
目の前には、腰に手を当てて立っている眞帆がいた。
「じゃあな」
背中をぽんっと押される。
振り返ると、景くんはあたしに背中を向けて校舎に向かっていた。
「なにしてたの、あんなところに隠れて」
「あ、その」
渡り廊下から教室に移動すると、眞帆があたしの顔をのぞき込む。
眞帆と景くんのツーショットに戸惑ってしまって、とは言いにくい。
景くんと、仲良くなったんだね。陣内くんはどうしたの?
そんなバカみたいなことを言ってしまうのはいやだ。
「べつになんにもないからね」
「え……?」
「どーせ誤解してるんでしょ。美久のことだから自分から言わなさそうだしわたしから言うけど、なんにもない。ただ駅であっただけ。ちなみに陣内くんは寝坊」
眞帆がずいと顔を近づける。そして「わかった?」と言って笑った。
涙が、こぼれる。
なんの涙なのかわからないけれど、止めようと思う間もなく、目からあふれる。
「ちょ、ちょっと! わたしが泣かせたみたいになるでしょ!」
「ご、ごめん」
泣きたいわけじゃないのに。
泣きたくないのに。
眞帆が笑ってくれたから。景くんとなんでもないと言ったから。
涙が止まらなくなる。
今のあたしの、言葉にできない感情の、この涙が答えだ、と思った。
浅香がやってくるまでに涙を止めることができず、眞帆は浅香に泣かせたんじゃないかと怒られてしまった。誤解を解くにもまずは泣き止まなければいけない。必死にあいだに入って説明すると、
「なんでそんなことで泣くわけ?」