信じらんねえ。
なんだって美久の友だちなんかに一目惚れするんだジンは。
七時間目の授業が終わってやってきた図書室に入るなりため息を吐く。文系コースは六時間目で終わるため、図書室はおれしかいないのではないかと思うほど静かだ。
今ころジンはおれのことを探していることだろう。昼休みからずっと、今後の作戦会議をしようとうるさかった。約束していたボーリングは、ジンを撒いてから参加すると伝えてここに逃げ込んでいる。おれが図書室の常連だとはジンはもちろん誰もしらないので見つかることはない。
だいたい作戦会議ってなんだ。昼休みにどうにかして文系コースに行く方法だとか、放課後、木曜日だけ終わる時間が同じなのでどこかで待ち伏せをしようとかいう内容だろう。ひとりで勝手にやってくれ。
相手が美久じゃなくてもお断りだ。面倒なことこの上ない。
友だちと遊ぶことなら断らないが、親しくもない女子と無理やり仲良くなるのに労力を使う気はない。おれより他のやつに頼んだほうがいい。美久と顔見知りだからっておれじゃなきゃいけないわけでもない。
むしろ相手がおれだと余計難しいはずだ。なんせ元カノと元カレで、別れてから気まずくて話していない関係なのだから。
でも、そんなことをジンに説明するわけにいかないので、はっきりと断ることができないでいる。
あーくそ。
誰もいない図書室の中をとろとろと歩き奥に向かう。
「まほちゃん、か」
ぽつりと、ジンに聞いた名前を呟く。
美久は高校に入ってから、よくふたりの女子と三人で行動している。その中にショートカットの女子がいたような気がしないでもない。ただ、ジンが一目惚れするほどかわいかったのかどうかは記憶にない。
この先も協力を回避し続けるのは難しいだろう。ジンはちょっとやそっとで諦めるような性格でもない。
今さら美久と話せといわれても困る。想像すらできない。絶対うまくいかない。
悶々と考えながらいつも過ごしている奥の棚に近づく。と、昼休みに置いたノートがまだそこにあった。忘れていることにノートの持ち主は気づいていないらしい。
おれの名前が書き込まれているので、さっさと引き取りに来てほしいんだけど。
舌打ちまじりにノートを手にすると、ピンク色の付箋が貼られていることに気がついた。おれが貼ったのは、水色だ。ということは、おれじゃない誰かがこれを見たということか。そして、おそらくなにかを書き込んだに違いない。
そう考えて中を開く。一度見たノートなので、二度見ることにさほど抵抗は感じなかった。
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すみません!
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わざわざなんか、すみません!
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ただひとつ聞いていいですか
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誰でもいいからつき合いたいけど
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そんなこと言ってると変な男に捕まるなら
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モテない女はどうしたらいいんですか
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ぶふっと噴き出してしまった。
なんか、めちゃくちゃ必死だな。そんなに彼氏がほしいのかよ。
おれが名前を書いて悪口はやめたほうがいい、と言ったからか、おれの名前はノートから消されている。かなり真面目というか素直なようだ。おれのことをきらいなやつらしいけれど、なんか憎めないな、と思う。
棚に腰掛けて、ノートをじっくりと見つめる。
ノートの持ち主は、どんな顔をしておれの返事を読み、この返事を書いたのだろう。
なんとなしに窓の外を眺めると、ゆっくりと空がオレンジ色に染まりはじめていた。
夕焼けを見ると、美久を思いだす。
おれと美久がつき合ったのは、いつも秋の夕方だった。
美久の顔に夕焼けが反射したように見えて、そのときの笑顔を守りたいような気分になった。
本当にそう思ったのか、そんなふうに思い出を美化しているだけなのか、今のおれには判別がつかないけれど。
美久が彼女になった日。あの日がなければ、おれは今も美久を好きでいられたのだろうか。彼女を面倒くさいと思ったり、きらいな部分を知ってしまったりすることはなかったのだろうか。
今も、友だちでいられたのだろうか。
でも、友だちでいたかったのかと聞かれると、答えはわからない。