体を起こして家に帰ろうとして、なんとなく美久とのメッセージ画面を開いた。そして『今から帰るところ』と送る。
と、すぐに『あたしもまだ学校にいる』と返事が届いた。
え、なんで。今日も待っててくれたのか?
『せっかくだから一緒に帰ろう』
戸惑っていると、追加のメッセージが届き、すぐに『わかった』と返事をする。
昨日だけじゃなくて今日も一緒に帰れるのか。今日は友だちとの約束もないので、気を遣う必要もない。
さっきまで重かった体が心なし軽くなり、待ち合わせの靴箱に足早に向かった。
前もって言ってくれたらいいのに。
それなら友だちの誘いも最初から全部断るのに。
でもきっと、おれのことを気にかけて躊躇しているんだろう。美久は結構気を遣いすぎるところがある。今回つき合ってわかったことだ。
「景くん」
靴箱にはすでに美久が待っていた。
「寝不足? 顔色悪くねえか?」
「ああ、雨だからちょっと頭が痛いんだよね」
美久は苦笑しながら言った。クラスの女子もなんか同じようなことを言っていた。低気圧で偏頭痛がひどくなるのだとか。
「しんどかったら無理して待たなくてよかったのに」
「大丈夫。一緒に帰りたかったから」
さらりとうれしいことを言われて、それ以上なにも返せなかった。しばらくしてからここで「ありがと」とか「うれしい」と素直に言うべきだったんだと気づく。
思ったことを口にするというのは、なかなか難しいな。
でも、美久は前よりもおれのことを好きになってくれたりしているのではないだろうか。一緒にいるときの会話も、ずいぶんと自然になった気がする。デートのときも文句を言い合ったりもしていたし。
もう少し時間が経てば、昔のようにケンカもできるだろうか。
――『景くんはほんっと人の話を聞いてない!』
――『聞いてるって言ってるだろ』
――『はい、じゃああたしの話を聞いてどう思ったか感想を述べよ』
――『えー、そんなのわかんねえよ』
――『聞いてないじゃん』
昔のやり取りを思い出す。美久も本気で怒っていたわけじゃないし、おれもそんな時間を楽しんでいた。あんなふうに一緒にいて気楽な関係になれたらいいのにな、と思う。そしてそれ以上に、美久と楽しい時間を過ごせればいい。
「なに笑ってるの」
いつの間にか頬が緩んでいたらしい。
傘を手にした美久がおれのとなりに並び、訝しげに見てくる。
「小学校のときの会話を思い出してた」
「なにかあったっけ?」
ぱんっと傘を開き、並んで歩きだす。
「いや、とくに。よく文句の言い合いしたなと思っただけ」
「ああ……そうだね」
あのころと比べると美久はずいぶん大人しくなった。友だちといるときはまだ笑っているけれど、昔のような勢いでしゃべる感じはない。
でも、かわっていないとも思う。
昔から、美久の笑顔がときどき泣きそうに見えたことがある。惹かれたのはそのいびつさだったのだと、今になってわかる。
「景くん」
美久が呼びかけてきたので振り向いたけれど、美久の顔は傘に隠れてよく見えなかった。雨のせいか傘のせいか、声もくぐもって聞こえて、そのあとに発した声はうまく聞き取ることができない。
「なに」
足を止めると、美久も足を止める。
「景くんは、あたしのこと、昔とかわってないって思う?」
考えていたことを口に出していただろうかと、ちょっと焦る。
「そりゃあ、かわってないんじゃないか?」
この返事であっているのだろうか。
でも、悪い意味ではないのだから、大丈夫だよな。
表情には出ていなかっただろうけれど、ビクビクしながら美久の反応を確認すると、美久はふんわりと、さびしげに笑っていた。
それは、どういう笑顔だ。
「だったら、景くんは昔も今も、あたしのことを好きじゃないよ」
「――は?」
思いがけないセリフに、素っ頓狂な声を大きめに出してしまった。
いや、なんだその発言。なんでそうなる。
「なに、急に」
「あたしのこと、誤解してるんだよ、景くんは」
「なんで」
美久の瞳には、なぜか、涙が溜まっていた。泣きそうに顔をゆがめて笑っていた。
おれが見たいのは、そんな顔じゃないのに。
と、すぐに『あたしもまだ学校にいる』と返事が届いた。
え、なんで。今日も待っててくれたのか?
『せっかくだから一緒に帰ろう』
戸惑っていると、追加のメッセージが届き、すぐに『わかった』と返事をする。
昨日だけじゃなくて今日も一緒に帰れるのか。今日は友だちとの約束もないので、気を遣う必要もない。
さっきまで重かった体が心なし軽くなり、待ち合わせの靴箱に足早に向かった。
前もって言ってくれたらいいのに。
それなら友だちの誘いも最初から全部断るのに。
でもきっと、おれのことを気にかけて躊躇しているんだろう。美久は結構気を遣いすぎるところがある。今回つき合ってわかったことだ。
「景くん」
靴箱にはすでに美久が待っていた。
「寝不足? 顔色悪くねえか?」
「ああ、雨だからちょっと頭が痛いんだよね」
美久は苦笑しながら言った。クラスの女子もなんか同じようなことを言っていた。低気圧で偏頭痛がひどくなるのだとか。
「しんどかったら無理して待たなくてよかったのに」
「大丈夫。一緒に帰りたかったから」
さらりとうれしいことを言われて、それ以上なにも返せなかった。しばらくしてからここで「ありがと」とか「うれしい」と素直に言うべきだったんだと気づく。
思ったことを口にするというのは、なかなか難しいな。
でも、美久は前よりもおれのことを好きになってくれたりしているのではないだろうか。一緒にいるときの会話も、ずいぶんと自然になった気がする。デートのときも文句を言い合ったりもしていたし。
もう少し時間が経てば、昔のようにケンカもできるだろうか。
――『景くんはほんっと人の話を聞いてない!』
――『聞いてるって言ってるだろ』
――『はい、じゃああたしの話を聞いてどう思ったか感想を述べよ』
――『えー、そんなのわかんねえよ』
――『聞いてないじゃん』
昔のやり取りを思い出す。美久も本気で怒っていたわけじゃないし、おれもそんな時間を楽しんでいた。あんなふうに一緒にいて気楽な関係になれたらいいのにな、と思う。そしてそれ以上に、美久と楽しい時間を過ごせればいい。
「なに笑ってるの」
いつの間にか頬が緩んでいたらしい。
傘を手にした美久がおれのとなりに並び、訝しげに見てくる。
「小学校のときの会話を思い出してた」
「なにかあったっけ?」
ぱんっと傘を開き、並んで歩きだす。
「いや、とくに。よく文句の言い合いしたなと思っただけ」
「ああ……そうだね」
あのころと比べると美久はずいぶん大人しくなった。友だちといるときはまだ笑っているけれど、昔のような勢いでしゃべる感じはない。
でも、かわっていないとも思う。
昔から、美久の笑顔がときどき泣きそうに見えたことがある。惹かれたのはそのいびつさだったのだと、今になってわかる。
「景くん」
美久が呼びかけてきたので振り向いたけれど、美久の顔は傘に隠れてよく見えなかった。雨のせいか傘のせいか、声もくぐもって聞こえて、そのあとに発した声はうまく聞き取ることができない。
「なに」
足を止めると、美久も足を止める。
「景くんは、あたしのこと、昔とかわってないって思う?」
考えていたことを口に出していただろうかと、ちょっと焦る。
「そりゃあ、かわってないんじゃないか?」
この返事であっているのだろうか。
でも、悪い意味ではないのだから、大丈夫だよな。
表情には出ていなかっただろうけれど、ビクビクしながら美久の反応を確認すると、美久はふんわりと、さびしげに笑っていた。
それは、どういう笑顔だ。
「だったら、景くんは昔も今も、あたしのことを好きじゃないよ」
「――は?」
思いがけないセリフに、素っ頓狂な声を大きめに出してしまった。
いや、なんだその発言。なんでそうなる。
「なに、急に」
「あたしのこと、誤解してるんだよ、景くんは」
「なんで」
美久の瞳には、なぜか、涙が溜まっていた。泣きそうに顔をゆがめて笑っていた。
おれが見たいのは、そんな顔じゃないのに。