景くんが、どんな気持ちで『利用していい』と言ったのかわかっていて、その気持ちを有耶無耶のままにした。

 あたしはきっと、欲張りだったんだ。
 なんでもかんでもほしがって、落としてなくしてしまわないように必死だった。大事にするのではなく、なくさないようにばかり考えていた。

 景くんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。

「なに?」
「なんでもない」

 涙を呑み込むように瞼を閉じる。そして、深呼吸をする。
 目の前にあるあたたかい人をちゃんと心に刻む。

 そして、

「ごめん、帰ろっか」

 ぱっと頭を上げて景くんに笑顔を見せた。



 今のままじゃだめだ。

 このままでいたらずっと卑怯な弱虫でしかいられない。そんなあたしのために、景くんは無理をする必要はない。

 今ここに、そばにいてくれただけで十分だ。



 ずっと、今も、いつも自分のことばかりだけれど、これだけは言える。自信を持って、思う。

 景くんのために、あたしは景くんと別れるべきだ。

 景くんが好きだから。

 目の前に、雨がぽつんと空から落ちてきた。