誰よりも、あたしがウソツキだった。
校門に立って景くんがやってくるのを待っていると、友だちと集団で近づいてくる姿を見つけた。もう空は薄暗いのに、遠目でも景くんだとわかる。楽しそうに笑っていて、それは土曜日の景くんとはまたちがう人に見えた。
「どうした? 美久」
ぼんやりとそれを眺めていると、景くんがあたしに気づいて近づいてくる。
「もしかして待ってた?」
「あ、うん」
でも、と景くんのそばにいる理系コースの友だちたちに視線を向ける。
前もってメッセージを送っておけばよかった。
断られるかもしれないと、どこかでそれを避けて、こうして待ち伏せしていたけれど、遊ぶ約束をしていたのだろう。
あたしはバカだ。
「ごめん、ちょっと居残りしてたから、それだけ。約束してるんだよね。行ってきて」
「でも」
景くんの視線が揺れる。
どうしようかと悩んでいる。
「彼女優先でしょ、そこは」
バカじゃないの、とひとりの女子が言ってあたしたちを通り過ぎた。他の友だちも「そうだそうだ」と彼女に同意して景くんに挨拶をしていく。
「どうした、美久。なんかあったのか?」
景くんは、友だちを追いかけずにあたしのそばにいてくれる。そのやさしさに涙が出る。
なんでこんなにあたしにやさしくしてくれるのだろう。
景くんが好きになってくれたあたしは、ただの卑怯者なのに。自分のことしか考えていない自己中心的な性格をしているのに。好きになってくれた笑顔も、ただの仮面なのに。
好きなものをバカにされても笑って聞き流す。かわいそうだと言われても、笑える。笑っていれば、傷ついたことにはならないから。
本当は『うるさいな』と文句を言いたかった。
でも言えないから笑っていただけ。
だから〝明るくて前向きな子〟というあたしは、存在していない。
そして、あたしは、景くんのなにが好きだったのだろう。
好みだった。でも、イメージとちがった今の景くんに幻滅したりはしていない。むしろ、前よりも好きの気持ちは大きくなっている。どこが好きとかなにが好きとか、今でもよくわからない。
インドアでもかまわない。景くんの好きなものを知りたいとも思う。
〝クールで大人でかっこいい イメージどおりのおれじゃないと〟
でも、景くんがそう思うのは、きっとあたしのせいだ。
あたしとつき合ったせいだ。
そして景くんは、このままだとずっと、自分を隠し続ける。
あたしのように。
景くんにウソを吐かせているのはあたしのせい。そんなあたしが景くんに素直になってほしいだなんて、なにバカなことを言っているのか。
景くんに気を遣われたくないとどの口が言う。
友だちに気を遣って、必死になって、結果的に傷つけたあたしが。
「美久? なんで泣いてんの?」
「……泣いてない。泣く資格なんてない」
「なに言ってんの」
奥歯を噛んで必死に涙を止めようとするけれど、ぼとぼととあふれて落ちていく。
約束もせずに待ち伏せし、なにも言わずに泣いているあたしはなんて面倒くさい彼女なのか。自分でもいやになる。
「面倒でしょ、あたし」
「まあ、そんなことないとは、言えないけど。でもそんなときもあるんじゃないか? ただ、理由がわかんねえから困るかな」
こんなときでも景くんは景くんだ。
泣いているあたしの頬を、景くんの両手が包む。
「でも、美久はたまには泣いていいと思うから、いいんじゃないか?」
親指の背で、あたしの涙を拭って言った。
「泣いたら、あたし今よりもからっぽになると思う」
元々自分なんてないからっぽの人間なのに。
「からっぽになったらまた、詰め込めばいい」
意味がわかんない。
わからないのに、ほっとする。
「美久はなんでも好きだから、すぐにいっぱいになるんじゃないか?」
そう考えると、からっぽも悪くないね。
笑って、人と向き合うのを避ける。逃げる。だから、まわりの目が気になっていた。まわりに合わせて、いつでも自分を守れるように。
だから、景くんに告白されたときも――あたしは好きだとは、言えなかった。
また別れるのが怖いから。別れたときのための、保険だ。