「美久がそう言うなら、私はいいと思うよ。言いにくいことくらいあるだろうし。これからは私たちは知ってるんだから、気にせず言えばいいよ」

 浅香がぽんっとあたしの背中に手を添える。

 あまりのやさしさに胸が痛む。浅香は、あたしの気持ちをやさしい気持ちで受け止めてくれている。

 ――そんな、純粋な気持ちで言わなかったわけじゃないのに。

 ふたりに知られてから、どう振る舞えばいいのか、悩んでいるくらいなのに。

「べつに怒ってるわけじゃないけど、気になるじゃん」

 眞帆の諦めたような呆れたような態度と声に、体が小さく震えた。

「眞帆が気にしても仕方ないでしょ。美久の問題なんだから。大きなお世話でしょ」
「浅香は大人だね。っていうかつめたくない? 冷めすぎ」
「……なんで私がそんなこと言われなきゃいけないの。眞帆はちょっと感情的になりすぎなんじゃないの? もうちょっと冷静に考えてからしゃべりなよ」
「ちょっと待って、ふたりとも!」

 ギスギスし出したふたりに割って入るけれど、すでに遅かった。

 ふたりはあたしを無視してにらみ合っている。
 あたしのせいでこんなことになるなんて、思ってもいなかった。

「あの、あたしが悪いんだよ。親の話は、その、あんまり言うことじゃないのかなって思ってただけで、あたしは大丈夫だから」

 必死に顔に笑顔を貼りつけてふたりのあいだにある空気を払拭しようとする。

 けれど、

「なに笑ってんの、美久。美久は笑って大丈夫だってことにしたいんだろうけど、大丈夫になるのは美久だけだから」

 眞帆がすっくと立ち上がり、あたしのとなりを通り過ぎていく。

 笑って、大丈夫なことにしたい。
 眞帆のセリフは、間違いなくあたしの本音だった。

「ったく、眞帆は感情的なんだから」

 腕を組んで浅香が肩をすくめる。そして「すぐに忘れて話しかけてくるから気にしなくていいよ」と言ってくれた。

「……浅香も、ごめん」
「謝ることじゃないでしょ。家族のことなんだから。まあ、言ってくれたらよかったのに、とも思うけどね。ただ隠されてたからってなにも問題ないでしょ」

 ぽんぽんっとあたしを慰めるように肩を叩いて、浅香は自分の席に向かう。

〝明るくて前向きな子だから そのままでいてほしい〟

 景くんはあたしのことをそう言った。

 でも、実際はちがうんだ。

 笑って、誤魔化してた。

 お母さんがいなくても、あたしはなんにも気にしていない、と伝えるために。

 ――『お母さんがいなくて大変なのに』

 べつに、大変じゃない。

 ――『ひどいこと言ってたことになるじゃん』

 そんなことない。

 むしろ、そんなふうに思われたくないから、あたしはずっと笑っていた。笑って、お母さんがいないことはなんにも気にしていないのだと、平気なのだと伝えていた。

 でも、それも結局まわりを不快にしていたのだと中学のときに知った。

 そして今は、なにも言わなかったことで、眞帆を怒らせた。

 どうしたらよかったのだろう。
 いったい、なにが正解なのだろう。


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  まさか そんなはずないよ
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  だって本当のおれは
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  彼女の好みとはかけ離れてるしな
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  クールで大人でかっこいい
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  イメージどおりのおれじゃないと
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  本当の 運動ぎらいなインドアで
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  口下手で考えてるだけでなにもしない
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  弱虫で卑怯なおれは だめだなんだ
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