だからこそ、思う。
 この場にいる景くんは本当に楽しいのかな。


 あたしの好き、は景くんの好き、ではない。
 映画を観る前、さりげなく文具店や書店に入ってみないかと言った。ちょうど見たい、気になるものがあるのだと言えば、景くんも断ることはできない。

 でも、ちっとも楽しそうにしてくれなかった。

 ときおりなにかに惹かれたような気配を出すのに、すぐにあたしに話しかけてきて、自分が見たいものを見ようとしない。何度も「見たいのあったら言ってね」と伝えたのに、「大丈夫」と、答えるだけ。

 まわりの人は、景くんをやさしい彼氏だと思うだろう。表情がかわらないから、景くんが我慢してるとは誰も思わないはずだ。あたしも、交換日記がなければ知らなかった。

 でも。もうあたしは知ってしまった。

 だから、やさしくされるたびに、胸が痛む。
 ちりちりと、火であぶられているみたいに。

「景くんは、シャーペンとか、興味ない?」
「普通かな」
「書店に興味ない? 見たい本あれば行く?」
「いや、大丈夫だよ」

 ウソツキ。

 そう責めたくなる。けれど、目が合うたびに景くんは目を細める。あたしが楽しんでいるのかたしかめるように顔をのぞき込んでくる。

「あんまりじっと見ないで」

 目をそらすと、景くんは「なんで」と噴き出した。

 やさしくて胸があたたかくなる。なのに、さびしい。

 中学のとき、景くんとのデートで、あたしはこんなふうに過ごしたかった。でも、景くんはどこに行っても反応が薄くて、ずっと素っ気なかった。

 今のデートは、あのころのあたしが望んだものだ。
 なのに。

 きゅっと唇を噛むと、右手にぬくもりが重なる。あたしが驚くよりも先に、景くんがしっかりとあたしと指先を絡ませて握った。

 手汗が、止まらないんだけど。
 やばいやばい。

 無言になったあたしを不思議に思ったのか、景くんが横を見る。あたしと目を合わせると、くすりと口の端を引き上げる。
 これは、誰なんだろう。景くんに似ているだけの別人と一緒にいるみたいだ。

「あ、美久」

 視界がくすんで足元から力が抜けそうになったとき、景くんがあたしの名前を呼んだ。そしてつながった手で道沿いにある小さなお店を指す。アクセサリーショップだ。

 行こう、とあたしの手を引いて店内に入ると、景くんはとあるイヤーカフを手に取った。三連になっていて、ロングチェーンがついている。それを、あたしの耳にあてる。

「これ、似合うと思う」

 うん、とひとり納得したようにうなずいた景くんに、胸がきゅうってなる。

 うれしい。苦しい。

 景くんのやさしさを疑うわけじゃない。
 一緒にいる時間は楽しい。

 けれど――それはすべて、景くんの我慢のうえに成り立っていることを、あたしは知っている。

 あたしが交換日記で口にされたほうがうれしいと言ったから、景くんは口にする。自分の苦手なものを我慢して、あたしの好みを優先する。そして、らしくないと言われると、自分の趣味さえも否定する。

 じゃあ、今景くんが話している言葉は、どこからどこまでが本音なの。

「うれしい」

 イヤーカフを手にしてそう言うと、景くんの耳がほんのりと赤くなった。
 でも、恥ずかしいのは、好きじゃなくても、やりたいことじゃなくても、感じる感情だ。

「記念に、美久にプレゼントするよ」
「……ありがとう」

 本当にプレゼントしたい、と思ってくれているのかな。
 そんな最低なことを考えてしまう自分に嫌悪感でいっぱいになる。

 ラッピングされた小さな袋を景くんから受け取り、「大事にするね」と笑いかけた。余計なことは考えたらだめだ。ひとりで卑屈になってもいいことはない。

 今は、素直に喜ぶべきだ。

 ありがとう、ともう一度口にすると、景くんは再びあたしの手を取って歩く。

「夏だったらベトベトだったかも」

 ふふっと、笑って景くんに話しかけると、景くんは「秋でよかった、汗だくになるところだった」と涼しい顔をして答える。

 髪の毛がひらひらと風になびいていた。

 汗だくの景くんが見れたら、景くんのやさしさを受け止められたのだろうか。

「景くん、楽しかった?」
「そりゃあ」

 その言葉を信じられただろうか。