しみじみと景くんが言ったので、思わず「は?」と間抜けな声を発してしまった。
「なにが? なにがすごいの? ただ流行ってるの追いかけてるだけだし」
「なんでそんな、卑下した言い方してんの? 美久は、流行りが好きなんだろ?」
そう、だけど。
でも、なんとなく、恥ずかしさがある。個性とかこだわりとかがないと、なんだかとても、薄っぺらい気がする。そうじゃなければ、かみちゃんにあんなふうに言われなかったはずだ。
「それって、ちゃんとした好みだと思うけど」
景くんは首を傾げて言った。
そのタイミングで、注文したカフェオレが届く。ふわふわのカフェオレには、猫の形のクリームがのせられていて、それがかわいい。あたしが注文したのはハーブティで、シロップを入れると色がかわり、というものだ。ちょっと前から気になっていて、まさか今日飲めるとは思っていなかった。
でも、あたしはハーブティが好きなわけじゃない。きらいでも好きでもない。
ただ、これが飲みたかっただけ。
「おいしい?」
「うん。面白い」
景くんに訊かれて素直に答えると「面白いんだ」と笑われた。
「それが、美久の好みってことだろ」
「そうなの、かな」
どうだろうと思いながら返事をすると、景くんは「そうだよ」とはっきりと言った。
「ミーハーだと思わないの?」
「ミーハーだとなんか問題あんの? おれは、すげーなって思ったけど」
なにがすごいんだろう。
「でも、前に……友だちに自分がないって言われたことがあるよ」
景くんだって、昔はバカにしていたはずだ。
それを口にすると景くんを傷つけそうだから黙っておいた。
「そう言われても、美久は今も流行りが好きじゃん」
たしかに、気にしながらも流行りを追いかけている。だって、流行りでしか、新しいものを見つけられない。なにが好きか分からないから、だから。それだけだ。
情報を仕入れて、見比べて、経験したくなる。
みんなが経験してるからやってみないといけない、とか、まだみんなが知らないうちに食べてみたいとか、そういう理由。それはやっぱり、まわりを気にしているからだ。好き、とはちがう。
……ほんと、うすっぺらいなあたし。
「おれ、今日出かけるのにいろいろ調べたんだけど」
景くんがカフェオレの上にいる猫をスプーンですくってぱくんと食べた。
「山ほどあってさ、その中で気になるものを選ぶのって、大変だった」
「そんなの、だれでもできるよ」
慣れみたいなものだ。
「好きじゃないとできねえよ」
景くんは、強い口調で言う。
「他人がどう思っても、おれにはそう思えるよ」
やさしい笑みを浮かべて、景くんが言った。
あたしを、まっすぐに見つめて、あたしに言う。
今、はじめて〝あたし〟がここにいるんだと思った。
なんて単純なんだろう、あたし。
でも、いつも楽しい気持ちで情報を集めていた。なにがあるんだろう、今はどんな新しいものがこの世にあるのだろうと。
その時間が好きだったんだなと、今はじめて気づいた。
もちろん、今日のようにそれを体験する時間も。
「おれはよく姉ちゃんに食わずきらいをしすぎって言われるしな」
「あたしは、節操がないってお兄ちゃんに言われるよ」
目を合わせて、ふたりで笑う。
自分で気づかなかっただけで、そう考えることもできるんだ。ミーハーも、べつに気にすることじゃないんだな、と今さらだけれど思う。気にしてもやめられなかったのは、それが、好きだったからだ。
「食わずぎらいがないってことだろ。いいじゃん。なんでも楽しめるってほかの人より楽しいことがたくさんあるってことだよ。おれは視野が狭いから、猫のクリームがおいしいなんて、今日まで知らなかった」
口にしてから、景くんは「カフェオレにまぜるべきだったのかな」と首を捻る。
うん、あの猫はあれだけで食べるものじゃないと思う。
でも、そういうのも楽しいよね。
「なんでも好き、てのは自慢になるよ」
「自慢か。そっか」
そんな考えもあるんだな。
うれしい。今までちょっとしこりになって胸に残ってたものが、ばっと弾けて消えていくのがわかる。透明な液体になって、涙として体からこぼれそうになる。
「なにが? なにがすごいの? ただ流行ってるの追いかけてるだけだし」
「なんでそんな、卑下した言い方してんの? 美久は、流行りが好きなんだろ?」
そう、だけど。
でも、なんとなく、恥ずかしさがある。個性とかこだわりとかがないと、なんだかとても、薄っぺらい気がする。そうじゃなければ、かみちゃんにあんなふうに言われなかったはずだ。
「それって、ちゃんとした好みだと思うけど」
景くんは首を傾げて言った。
そのタイミングで、注文したカフェオレが届く。ふわふわのカフェオレには、猫の形のクリームがのせられていて、それがかわいい。あたしが注文したのはハーブティで、シロップを入れると色がかわり、というものだ。ちょっと前から気になっていて、まさか今日飲めるとは思っていなかった。
でも、あたしはハーブティが好きなわけじゃない。きらいでも好きでもない。
ただ、これが飲みたかっただけ。
「おいしい?」
「うん。面白い」
景くんに訊かれて素直に答えると「面白いんだ」と笑われた。
「それが、美久の好みってことだろ」
「そうなの、かな」
どうだろうと思いながら返事をすると、景くんは「そうだよ」とはっきりと言った。
「ミーハーだと思わないの?」
「ミーハーだとなんか問題あんの? おれは、すげーなって思ったけど」
なにがすごいんだろう。
「でも、前に……友だちに自分がないって言われたことがあるよ」
景くんだって、昔はバカにしていたはずだ。
それを口にすると景くんを傷つけそうだから黙っておいた。
「そう言われても、美久は今も流行りが好きじゃん」
たしかに、気にしながらも流行りを追いかけている。だって、流行りでしか、新しいものを見つけられない。なにが好きか分からないから、だから。それだけだ。
情報を仕入れて、見比べて、経験したくなる。
みんなが経験してるからやってみないといけない、とか、まだみんなが知らないうちに食べてみたいとか、そういう理由。それはやっぱり、まわりを気にしているからだ。好き、とはちがう。
……ほんと、うすっぺらいなあたし。
「おれ、今日出かけるのにいろいろ調べたんだけど」
景くんがカフェオレの上にいる猫をスプーンですくってぱくんと食べた。
「山ほどあってさ、その中で気になるものを選ぶのって、大変だった」
「そんなの、だれでもできるよ」
慣れみたいなものだ。
「好きじゃないとできねえよ」
景くんは、強い口調で言う。
「他人がどう思っても、おれにはそう思えるよ」
やさしい笑みを浮かべて、景くんが言った。
あたしを、まっすぐに見つめて、あたしに言う。
今、はじめて〝あたし〟がここにいるんだと思った。
なんて単純なんだろう、あたし。
でも、いつも楽しい気持ちで情報を集めていた。なにがあるんだろう、今はどんな新しいものがこの世にあるのだろうと。
その時間が好きだったんだなと、今はじめて気づいた。
もちろん、今日のようにそれを体験する時間も。
「おれはよく姉ちゃんに食わずきらいをしすぎって言われるしな」
「あたしは、節操がないってお兄ちゃんに言われるよ」
目を合わせて、ふたりで笑う。
自分で気づかなかっただけで、そう考えることもできるんだ。ミーハーも、べつに気にすることじゃないんだな、と今さらだけれど思う。気にしてもやめられなかったのは、それが、好きだったからだ。
「食わずぎらいがないってことだろ。いいじゃん。なんでも楽しめるってほかの人より楽しいことがたくさんあるってことだよ。おれは視野が狭いから、猫のクリームがおいしいなんて、今日まで知らなかった」
口にしてから、景くんは「カフェオレにまぜるべきだったのかな」と首を捻る。
うん、あの猫はあれだけで食べるものじゃないと思う。
でも、そういうのも楽しいよね。
「なんでも好き、てのは自慢になるよ」
「自慢か。そっか」
そんな考えもあるんだな。
うれしい。今までちょっとしこりになって胸に残ってたものが、ばっと弾けて消えていくのがわかる。透明な液体になって、涙として体からこぼれそうになる。