今まで何度も笑顔を見ていた。なのに、彼への気持ちから目をそらしていた今までと、好きだと気づいたあとの今では、見え方がまったくちがって感じる。

 目が合う。
 景くんは視線を一瞬揺らして、そして、

「かわいい」

 とはにかんだ。

 景くんもだよ。景くんこそかわいいよ。景くんのほうがかわいいよ。

 電車の中が、暑くて仕方がない。
 恥ずかしいのに口元に力が入らなくてへにゃへにゃしてしまう。

「はは、真っ赤だな」
「もう、景くんは黙ってて」

 そっぽを向いて流れ去る窓の外の景色を見つめながら言うと、景くんがやさしい、安堵するような笑みを浮かべているのが窓に映った。



 映画館のロビーで、ふたりポスターの前に並ぶ。

「これでいいんじゃないか?」

 景くんが指さしたポスターは、あたし好みの海外のほのぼの系の青春恋愛映画だ。最近テレビのCMがよく流れていて、なかなか評判がいいらしい。ほかにタイトルをあげたのは、恋愛映画とアニメ映画だ。

 たしかにどれも観てみたい、けど。

「景くんは?」
「え?」
「景くんは観たいのないの?」

 きょとんとする景くんに訊くと、えー、と景くんが困ったように眉を寄せた。そして、ほんの一瞬だけ、ちらりととある映画のポスターに視線が向けられる。

 交換日記の情報から、景くんが好きそうだと思った映画だ。海外の実際あった事件を元にしたクライムサスペンス映画。ネットの情報によると、やや暴力描写があるらしい。

「あれは?」

 答えない景くんのかわりにポスターを指さすと、景くんは「いや、あれはやめよう」と間髪を容れずに首を振った。

「なんで?」
「おれはこっちが観たい」

 かわりに選んだのは、さっきあたしに提案した中のひとつのアニメ映画だ。でも、これは序盤、幼い主人公ががかなり過酷な日々を送るシーンがあると聞いている。気分が沈んだというレビューを見た。

 景くんが苦手なやつじゃん。

 今一番人気の映画だけど。あたしもちょっと観たいなあと思ってたけど。

「でも、これは」
「上映時間もちょうどいいし」

 そう言われてしまうとこれ以上否定することができなかった。あまり過剰にべつの映画を押しつけると、ボロも出そうだ。
 結局、その後のご飯も、買い物も、全部、景くんはあたしの意見を最優先にした。絶対景くんは興味ないでしょ、と思うような、アクセサリー店に案内したり、女子ばかりが並んでいるカフェに並ぼうとしたり。

 いや、うれしいんだけど。

「無理してない?」

 映画を観終わって入ったカフェで、少し居心地悪そうに目の前に座る景くんに声をかける。

 こういう店は、すごく苦手だったはずだ。中学の時は店に入るまでかなり渋っていたし、店内でもずっと不機嫌な顔をしていたのを思い出す。会話もできないほどピリピリした空気になった。

 今も、おそらく多少の緊張はしているだろう。落ち着いた雰囲気を装っているけれど、時折視線がせわしなく動く。

「いや、慣れないだけ」
「映画、面白かった?」

 うん、と言ってくれたけれど、それが本心かどうかはわからなかった。

「美久は?」
「うん、面白かった。あの監督が人気なのも納得だなって。絵もきれいだし、主題歌もよかったな」
「さすが、詳しいな」

 はは、と景くんが笑う。
 眉を下げているので、笑顔、とはちょっとちがう感じがした。

「お兄ちゃんにもよく言われる。情報がはやい、ミーハーだって」

 だから、あたしの好みばかり気にしなくていいんだよ、と想いを込めて呟く。

 どうせ流行好きのミーハーだ。さほどこだわりがあるわけじゃない。お兄ちゃんみたいに、音楽に好きなジャンルはない。デスメタルは全く理解できないので、あれだけはどれだけ流行ってもハマらないかもしれない。

 でも、そういう、他人に理解されなくても好きだと思えるものがあるのは、ちょっとだけ、羨ましい。景くんにも、そういうものがある。それがなんなのか、昔のあたしは知らなかったけれど、景くんに惹かれたのは、きっとそういう部分だ。知らなくても、景くんは景くんで、どこかにちゃんと芯があるように見えたから。

 あたしにはないものだ。

「ミーハーって、すげーよな」