かわ、かわいい? かわいいって言った? 景くんが? そんなこと言うタイプじゃないのに!
「……っな、なに? 急に! どうしたの!」
顔が真っ赤に染まるのがわかる。
景くんはそんなあたしを見て、耐えきれなくなったかのように「はは」と笑う。
――そんな笑顔を見せるなんて、ずるい。
きゅうううっと心臓が鳴る。今日一日で寿命が大分減ってしまいそうだ。
「もう! はやく電車に乗るよ!」
「はいはい」
ぷいっとそっぽを向いて改札口に向かうと、景くんがついてくる。
落ち着け、落ち着け。あの景くんがまさか『かわいい』だなんて恥ずかしげもなく口にすると思っていなかったから、驚いただけだ。
ああもう、あたしひとりであたふたして、かっこ悪い。
当の本人である景くんはまったく気にしていないのか、普段通りの表情だ。感情があまり顔に出ないので、いまいちなにを考えているのかわからない。
と、とにかく。
今日は楽しい一日を過ごそう。
中学の時のように、ワガママにならないように。景くんにも楽しんでもらえるように。それが今日の目標だ。
「ついたら先に映画館行くだろ」
「お昼ご飯食べた?」
「そういえば帰る時間とか決めてる?」
景くんは目的地につくまでの電車の中で今日のデートについての話をする。思った以上にいろんなことを考えていてくれていたらしい。
めちゃくちゃ調べてくれたんだろうなあ。
もしかしてお店の候補もあるんじゃないだろうか。あたしが好きそうな、先月オープンしたばかりの紅茶専門店とか、日本初上陸のチョコレート店とかリストアップしてそうだ。
どう考えても、景くんがくつろげる雰囲気ではない。
交換日記がなければ、こんなふうに景くんに寄り添った考えができなかっただろう。むしろ、めちゃくちゃうれしくてバカみたいに喜んでいた気がする。そのくらい景くんの振る舞いは自然だ。焦ったり戸惑ったりしないから、スマートにこなしているような印象を受ける。こういうところから、彼はなんでもできるイメージを抱かれてしまうんだろうなあ。
っていうか、それを知っていても、景くんは悩んでてもなんでもできちゃうんだな、と思う。
実際の彼は今、心の中ではなにを考えているのかな。
「なんか、昔と逆だね」
ぽつりと呟くと、それを景くんが拾い上げて「そうかな」と肩をすくめた。
しゃべるのはいつもあたしだった。景くんは「うん」とか「へえ」とか「そうなんだ」とかしか言わなかった。
「じゃあ、美久が話してよ」
「えー。なんだろ。最近、本とか、興味あるかな?」
「え?」
景くんの様子を探るように言うと、彼の顔がさっとかわった。
これは言っちゃだめなやつだ!
おれも好きなんだ、と話が盛り上がるかと思ったけれど、ちょっと急ぎすぎたかもしれない。やばい。どうしよう!
瞬時に頭をフル回転させて、
「おばあちゃんが最近読書にはまっててね」
と言葉をつけ加えた。ウソではない。本当のことだ。
「おばあちゃんが本を読みだしたから、あたしもちょっと読んでみようかなって。まあ、全然進まないんだけど」
「ああ、そうなんだ」
心なし、景くんがほっとしたような表情をした。危ない危ない。
「え、えっと、景くんは、本は?」
「いや、おれは、まあ普通」
なんとか自然に話をつなげていこうとおそるおそる景くんに訊くと、よくわからない返事をされた。普通とはなんなんだ。
「なにそれ。読むの? 読まないの?」
かわすような返事に、ぐいと迫る。景くんはちょっと体を引いた。なんでそんなことをしつこく聞くのかと不思議に思っているのだろう。
「おれのことはなんでもいいだろ」
「なんでよ」
「今日はデートだから」
意味がわからない。
まったく話がつながっていない。
のに。
デート、という単語に体がむずむずしてしまう。
「ずるい」
「はは」
むうっと口をとがらせると、景くんが笑った。
くしゃりと、顔を崩す。
目を細めて、歯を見せて、笑う。
かわいい、な。
景くんってこんなふうに笑うんだ。
「……っな、なに? 急に! どうしたの!」
顔が真っ赤に染まるのがわかる。
景くんはそんなあたしを見て、耐えきれなくなったかのように「はは」と笑う。
――そんな笑顔を見せるなんて、ずるい。
きゅうううっと心臓が鳴る。今日一日で寿命が大分減ってしまいそうだ。
「もう! はやく電車に乗るよ!」
「はいはい」
ぷいっとそっぽを向いて改札口に向かうと、景くんがついてくる。
落ち着け、落ち着け。あの景くんがまさか『かわいい』だなんて恥ずかしげもなく口にすると思っていなかったから、驚いただけだ。
ああもう、あたしひとりであたふたして、かっこ悪い。
当の本人である景くんはまったく気にしていないのか、普段通りの表情だ。感情があまり顔に出ないので、いまいちなにを考えているのかわからない。
と、とにかく。
今日は楽しい一日を過ごそう。
中学の時のように、ワガママにならないように。景くんにも楽しんでもらえるように。それが今日の目標だ。
「ついたら先に映画館行くだろ」
「お昼ご飯食べた?」
「そういえば帰る時間とか決めてる?」
景くんは目的地につくまでの電車の中で今日のデートについての話をする。思った以上にいろんなことを考えていてくれていたらしい。
めちゃくちゃ調べてくれたんだろうなあ。
もしかしてお店の候補もあるんじゃないだろうか。あたしが好きそうな、先月オープンしたばかりの紅茶専門店とか、日本初上陸のチョコレート店とかリストアップしてそうだ。
どう考えても、景くんがくつろげる雰囲気ではない。
交換日記がなければ、こんなふうに景くんに寄り添った考えができなかっただろう。むしろ、めちゃくちゃうれしくてバカみたいに喜んでいた気がする。そのくらい景くんの振る舞いは自然だ。焦ったり戸惑ったりしないから、スマートにこなしているような印象を受ける。こういうところから、彼はなんでもできるイメージを抱かれてしまうんだろうなあ。
っていうか、それを知っていても、景くんは悩んでてもなんでもできちゃうんだな、と思う。
実際の彼は今、心の中ではなにを考えているのかな。
「なんか、昔と逆だね」
ぽつりと呟くと、それを景くんが拾い上げて「そうかな」と肩をすくめた。
しゃべるのはいつもあたしだった。景くんは「うん」とか「へえ」とか「そうなんだ」とかしか言わなかった。
「じゃあ、美久が話してよ」
「えー。なんだろ。最近、本とか、興味あるかな?」
「え?」
景くんの様子を探るように言うと、彼の顔がさっとかわった。
これは言っちゃだめなやつだ!
おれも好きなんだ、と話が盛り上がるかと思ったけれど、ちょっと急ぎすぎたかもしれない。やばい。どうしよう!
瞬時に頭をフル回転させて、
「おばあちゃんが最近読書にはまっててね」
と言葉をつけ加えた。ウソではない。本当のことだ。
「おばあちゃんが本を読みだしたから、あたしもちょっと読んでみようかなって。まあ、全然進まないんだけど」
「ああ、そうなんだ」
心なし、景くんがほっとしたような表情をした。危ない危ない。
「え、えっと、景くんは、本は?」
「いや、おれは、まあ普通」
なんとか自然に話をつなげていこうとおそるおそる景くんに訊くと、よくわからない返事をされた。普通とはなんなんだ。
「なにそれ。読むの? 読まないの?」
かわすような返事に、ぐいと迫る。景くんはちょっと体を引いた。なんでそんなことをしつこく聞くのかと不思議に思っているのだろう。
「おれのことはなんでもいいだろ」
「なんでよ」
「今日はデートだから」
意味がわからない。
まったく話がつながっていない。
のに。
デート、という単語に体がむずむずしてしまう。
「ずるい」
「はは」
むうっと口をとがらせると、景くんが笑った。
くしゃりと、顔を崩す。
目を細めて、歯を見せて、笑う。
かわいい、な。
景くんってこんなふうに笑うんだ。