渡り廊下を通り過ぎて、再び文系コースの校舎に入る。授業はすでに終わっているので普段よりも静かだけれど、まだ授業中の理系コースの校舎よりもいろんな音が聞こえてくる。帰らずに友だちと遊んでいる子も多いのだろう。
教室にはまだ誰かいるのかな、と考えながらドアを開けると、浅香と眞帆の姿があった。ふたりのほかには誰もいないので、がらんとしている。
「あれ? どうしたの美久」
眞帆が目を丸くしてあたしを手招きした。
「英語の教科書忘れてたから取りに来たところ。ふたりは?」
「理系終わるの待ってるところ」
「私は彼氏の日直終わるのを待ってるだけ」
眞帆も英語のテストのことを忘れていたらしく、慌てて教科書を探しカバンに入れていた。助かったーと笑う眞帆に、同じような笑顔を返した、つもりだ。
眞帆はもう、本当に気にしていないのか、気になって仕方がない。すぐに冗談だと言っていたけれど、その言葉を信じることができない。
かといって、その話題もしたくないので、あたしはなにも言えないでいる。
景くんとつき合った瞬間も見ていたし、祝福してくれたので大丈夫、と何度も言い聞かせているけれど、不安は拭えないままだ。
「美久は有埜くん待たないの?」
「え? あ、うん。約束してないし」
待っていてほしい、と言われたこともない。
一緒に帰ったのは、つき合った日の月曜日だけだ。
ノートの相手が景くんだとわかった日で、図書室でしばらく呆然と過ごしていただけ。約束をしていたわけではない。
「待って一緒に帰ればいいのにー」
「約束してなくても? 迷惑にならない?」
恐る恐る訊くと、眞帆と浅香が不思議そうに目を合わせる。
「べつにいいでしょ。なに気を遣ってんの」
なるほど、そういうものなのか。
距離感がなかなか難しいので、ふたりの意見は助かる。
「でも美久、眞帆はひとりじゃつまんないから誘ってるだけよ。いやなら断っていいんだからね」
腕を組んでいる浅香が、呆れた様子で言った。
「そんな言い方しないでよ。まあ、否定はできないけど。だってひとりだと面倒くさいんだよ、やたらと話しかけられてさ」
そう言って眞帆は口を尖らせた。眞帆の話によれば、ひとりで教室にいると必ずと言っていいほど男子に話しかけられるらしい。彼氏を待っている、と話してもそれを信じず馴れ馴れしくずっと話しかけてくる人もいるとか。
「去年同じクラスだっただけのあいつがマジでしつこかった」
眞帆は心底いやそうな顔をしているけれど、その〝あいつ〟は女子にはそこそこモテてた男子だった。かっこいいけれど、思わせぶりな態度を見せるだけで、眞帆からの告白待ちしている感じがあまり好きじゃなかった。眞帆も同じ気持ちだったようだ。
可愛い子にはいろいろ悩みがあるらしく、大変そうだ。あたしには天地がひっくり返っても眞帆のような経験はできないだろう。
「眞帆も相手にするから調子乗るのよ。最初っからきっちり線を引いて接しないと」
「そんなことしてないし! 黙ってても寄ってくるのよ」
一度は言ってみたいセリフだなあ。
眞帆もいるし景くんを待っててもいいかも。
……彼氏と一緒に帰るって、いいよね。
前はそのシチュエーションにウキウキする余裕がなかったけど今なら。
いや、でももしかしたら景くんは放課後誰かと約束をしているかもしれない。誘われたらあんまり断らないし。今メッセージを送っても授業中なのでタイミングが悪い。
でも。もしも、友だちの約束があるのにあたしが待っていたら、景くんはどちらを優先するんだろう。
ふとそんなことを考えてしまい、慌てて首を振る。そんな試すような真似はしたくない。それに、選ばれても選ばれなくても、いやだ。
やっぱり今日はやめておこう。
せめて事前に約束ないとな。家族に遅くなることも伝えてないし。
「また今度にするよ、ごめんね、眞帆」
「わたしはいいけど、美久はいいの?」
「うん、」
また今度、約束すればいい。
今日は、家に帰ってデートのことを考えよう。
教室にはまだ誰かいるのかな、と考えながらドアを開けると、浅香と眞帆の姿があった。ふたりのほかには誰もいないので、がらんとしている。
「あれ? どうしたの美久」
眞帆が目を丸くしてあたしを手招きした。
「英語の教科書忘れてたから取りに来たところ。ふたりは?」
「理系終わるの待ってるところ」
「私は彼氏の日直終わるのを待ってるだけ」
眞帆も英語のテストのことを忘れていたらしく、慌てて教科書を探しカバンに入れていた。助かったーと笑う眞帆に、同じような笑顔を返した、つもりだ。
眞帆はもう、本当に気にしていないのか、気になって仕方がない。すぐに冗談だと言っていたけれど、その言葉を信じることができない。
かといって、その話題もしたくないので、あたしはなにも言えないでいる。
景くんとつき合った瞬間も見ていたし、祝福してくれたので大丈夫、と何度も言い聞かせているけれど、不安は拭えないままだ。
「美久は有埜くん待たないの?」
「え? あ、うん。約束してないし」
待っていてほしい、と言われたこともない。
一緒に帰ったのは、つき合った日の月曜日だけだ。
ノートの相手が景くんだとわかった日で、図書室でしばらく呆然と過ごしていただけ。約束をしていたわけではない。
「待って一緒に帰ればいいのにー」
「約束してなくても? 迷惑にならない?」
恐る恐る訊くと、眞帆と浅香が不思議そうに目を合わせる。
「べつにいいでしょ。なに気を遣ってんの」
なるほど、そういうものなのか。
距離感がなかなか難しいので、ふたりの意見は助かる。
「でも美久、眞帆はひとりじゃつまんないから誘ってるだけよ。いやなら断っていいんだからね」
腕を組んでいる浅香が、呆れた様子で言った。
「そんな言い方しないでよ。まあ、否定はできないけど。だってひとりだと面倒くさいんだよ、やたらと話しかけられてさ」
そう言って眞帆は口を尖らせた。眞帆の話によれば、ひとりで教室にいると必ずと言っていいほど男子に話しかけられるらしい。彼氏を待っている、と話してもそれを信じず馴れ馴れしくずっと話しかけてくる人もいるとか。
「去年同じクラスだっただけのあいつがマジでしつこかった」
眞帆は心底いやそうな顔をしているけれど、その〝あいつ〟は女子にはそこそこモテてた男子だった。かっこいいけれど、思わせぶりな態度を見せるだけで、眞帆からの告白待ちしている感じがあまり好きじゃなかった。眞帆も同じ気持ちだったようだ。
可愛い子にはいろいろ悩みがあるらしく、大変そうだ。あたしには天地がひっくり返っても眞帆のような経験はできないだろう。
「眞帆も相手にするから調子乗るのよ。最初っからきっちり線を引いて接しないと」
「そんなことしてないし! 黙ってても寄ってくるのよ」
一度は言ってみたいセリフだなあ。
眞帆もいるし景くんを待っててもいいかも。
……彼氏と一緒に帰るって、いいよね。
前はそのシチュエーションにウキウキする余裕がなかったけど今なら。
いや、でももしかしたら景くんは放課後誰かと約束をしているかもしれない。誘われたらあんまり断らないし。今メッセージを送っても授業中なのでタイミングが悪い。
でも。もしも、友だちの約束があるのにあたしが待っていたら、景くんはどちらを優先するんだろう。
ふとそんなことを考えてしまい、慌てて首を振る。そんな試すような真似はしたくない。それに、選ばれても選ばれなくても、いやだ。
やっぱり今日はやめておこう。
せめて事前に約束ないとな。家族に遅くなることも伝えてないし。
「また今度にするよ、ごめんね、眞帆」
「わたしはいいけど、美久はいいの?」
「うん、」
また今度、約束すればいい。
今日は、家に帰ってデートのことを考えよう。