「昔は、そんなこと言わなかったのに、どうしたの。あたしがドラマみたいなシーンを再現してって何度言ってもバカにしてたじゃない」

 涙を呑み込むように目をつむってから、口の端を引き上げておれをからかうような口調で言った。少しだけ、おれたちのあいだにある空気が柔らかくなる。

「そんなことしてねえだろ」
「したでしょ。またお願いするかもよ、あたし」

 いいけど、と口にしながら、なにをさせられるのかビクビクする。

「無理してるでしょ?」

 ははっと美久が笑い、おれの顔をのぞき込んでくる。

「おれはかわったんだよ」

 今も、正直言えば羞恥で顔を覆いたい。逃げ出したい。できればもう二度と口にしたくない。好きだとかつき合おうだとか、恥ずかしくて死にそうだ。
 でも、口にしないと伝わらないから。

「……耳赤いけどね」
「え?」

 ばっと両手で自分の耳を塞ぐ。

「ははは、無理しなくていいよ」

 その言葉をどう受け止めるべきかわからず、曖昧に笑うだけにとどめた。

「でも、ありがとう。眞帆も、喜んでくれてた」
「そっか」

 笑ったことで、美久の肩の力が抜けているのがわかった。それにほっとして、おれも笑う。

 美久は、友だちにどう思われるかを、かなり気にしている。
 なにがあったのか、今はなんとなくは想像がつく。美久は当時男友だちも多かったから、それをよく思わない女子がいたのだろう。それに、神守は――おれのことが好きだった。たしか、小学校のころからとか告白のときに言っていた。そう考えると、神守が美久に嫉妬した可能性は高い。

〝誰でもいいからつき合いたい〟

 あれも、もしかして、彼氏がいれば今よりも楽になると思ったのかもしれない。そして、誰でもいいから、おれとつき合った。
 きっかけはなんだっていい。目的だってどうでもいい。

「おれ、本当に好きだから」
「……無理しなくていいって言ったのに」
「言いたいから言ってんだよ」

 ウソばっかり、と美久が意地悪な笑みを見せる。

 こんなふうに話ができるだけで、今は十分だ。
 ノートで言っていたように、今の美久がまわりを気にしてしまうのであれば、おれのそばではそんなことしなくていいと、知ってくれたらいい。

 はじまりなんか、なんでもいいんだ。

 卑怯な手を使ってでも諦めないのは、おれのためか、美久のためか。
 それも、どうでもいいことだ。




「なあ、姉ちゃん、相談があるんだけど」

 おずおずと姉ちゃんの部屋をノックして訊いた。ベッドで横になりながら雑誌を読んでいた姉ちゃんが「なによ」と体を起こす。

「あんたが部屋にやってくるなんて珍しい」
「出かけるのにいい場所、とかないかなって」

 まだ美久と約束をしたわけではない。けれど、つき合っていたらそのうち必ず出かける日が来るだろう。そのためにも、早めに大学生である姉の意見を頂戴したい。

「なにあんた、彼女でもできたわけ?」

 勘がよすぎる。

「まあ」

 できれば姉ちゃんにこんな相談はしたくない。
 めちゃくちゃ恥ずかしい。かっこ悪い。
 でも、姉ちゃん以外に話せる相手がいない。

「あんたに? どうせまた猫かぶってるんじゃないの?」

 ギクギクッと体が反応する。
 その反応で姉ちゃんはいろいろ察したらしく「ふうん」と呟く。姿勢を正し、正座して「教えてもらえたらありがたいなと」と頭を下げた。ご要望なら一週間、コンビニへのパシリも引き受けよう。

 姉ちゃんはベッドに腰掛けて足を組む。そして、おれの姿をじろじろと見てきた。品定めされているような気分だ。

「あんたが中学の時も同じようなことあったよね」
「よく覚えてんな……」

 忘れてほしい。
 あのときも姉ちゃんに服装とデート場所のアドバイスを貰った。今はさすがに外に出るときの服装はそれなりにまとめられるので問題がない。

「なにがしたいわけ?」
「いや、べつに。なんでも」

 はあ? と姉ちゃんが片眉を持ち上げる。気分を害したときの姉ちゃんの癖だ。
 おれ、なんか間違ったこと言ったっけ?

「流行りっていうけど、あんた流行り抑えればいいと思ってんの?」

 なんか、めちゃくちゃ怒ってるんだが。

「流行りが好きな子、なんだけど。だから」