なのに、なんでだ。

 なんであんな朝の教室で『つき合おう』とか口走ったんだ。完全に考えるよりも先に行動していた。内心めちゃくちゃ焦っていたけれど、美久の様子を見る限り、そう見えていなかっただろう。それだけが救いだ。バレていたらめちゃくちゃ恥ずかしかった。

 やっぱり、急すぎた、よなあ。

 つき合うことになってから、一言も話していない。

 休み時間のたびに美久のいる文系コースの校舎に行くわけにもいかない。昼休みには、と思っていたのに、彼女ができたことを聞いた友人たちに囲まれて質問攻めにされて、結局逃げ出すことができなかった。っていうか、ジンに生け贄にされたようなものだ。

 SNSアカウントは交換したけれど、今のところまだ美久からは一度も届いていないし、おれもなにを送ればいいのかわからないまま今に至る。

 本当は、もうちょっと時間をかけて距離を縮める予定だった。

 美久が好きかも、いや好きなんだな、という想いは、もしかしたら過去のやり直しをしたいという思いも強いからなんじゃないかとも思えたからだ。

 だから、美久を知りたかった。

 卑怯な方法だけれど、ノートで美久と会話を続けたのもそれが理由だ。なにより、ノートの中の美久が、おれの見ている美久の本音が詰まっていると思ったから。

〝そもそも 人づき合いに自信がないなあ〟
〝数年間まわりからどう見えるか考えて振る舞ってきたから〟

 美久はノートにそう書いていた。

 あの美久が、そんなふうに考えていたなんておれは知らなかった。
 いつも笑っていて、言っちゃ悪いがなんの悩みもないようにすら思えた。あのころは、ノートのような悩みはなかったのだろうか。徐々に男子を避けはじめたころから、美久はずっと、ノートに綴ったような想いを抱いていたのだろうか。

 ノートの相手が美久だとわかってから、美久の今までを思い返す。

 おれが見ていた美久は、まわりを気にしていた美久だった、かもしれない。
 でもそうだと結論づけることができるほど、おれは美久のことを知らない。

 そしてなぜか、美久の本音を知っても、美久の印象がごっそりかわって、やっぱり好きじゃないかも、とは微塵も思えなかった。

 だから、これからはちゃんと美久を見ようと、美久と話をしようと思うようになった。ジンを理由に美久の教室に行ったり、用事もないのに会いに行ったりした。

 そして、気がついたら、告白していた。

 ……なにやってんだ、おれは。

 あのとき、美久を守らなければいけない気がした。

 ジンの彼女であるまほちゃんとの会話で、凍りついたように表情をなくした美久を見て、告白するまでのわずかな時間に、いろんなことが蘇った。

 駅で偶然会った、美久と神守の会話。

 あのときの美久の表情と、まほちゃんから言われた男子が苦手だというセリフと、美久の反応。

 よく考えたら、おかしいところはたくさんあったんだ。

 中学に入ってすぐのころまで男子とも気さくに話をしていた美久が、いつの間にか女子とばかりいるようになったことや、一緒に帰ったときのぎこちない態度を見せること。おれはともかく、ジンはただの同級生だ。話をすればいいのに、美久はできる限り会話を避けていた。

 女子とは笑って話をするのに。男子だけを異様に避けている。
 まわりの目を気にしているんだと、美久はノートで言っていた。

 おれの考えすぎだといい。
 けれど。

「あー、くそ」

 悪態を吐いて、床をかかとで蹴る。

 もしもずっと、おれと別れてからずっと、美久はひとりまわりの目を気にしていたのだろうかと思うと、ぼんやりしていた自分にムカつく。中学の時にひとりで下校していた美久と目が合った日のことを思いだす。あのとき、もしおれが美久に声をかけていれば、どうなっていたのだろう。

 おれがもっとはやく美久の様子に気づいていれば、美久は名前も顔も知らない相手に弱音を吐くようなことはなかったはずだ。

 そりゃ、おれだけはいやだ、きらい、と言われても仕方がない。

 短いあいだとはいえ、一時期のおれは友人よりも踏み込んだ関係だったはずなのだから。そのくせ、なにも気づかなかったポンコツだ。姉ちゃんの言うようにおれは視野が狭い。