唇に歯を立てて耐えていると、ふと、目の間に大きな影がひろがった。視線を持ち上げると、あたしを見下ろす景くんの視線とぶつかる。
「ど、どうしたの?」
真剣な表情に体が強ばる。
なにを緊張することがあるのか自分でもよくわからない。さっきまでの恐怖が、まだ抜けきっていない。
「美久、つき合おう」
――は?
予想だにしない景くんのセリフに、あたしの世界から音がなくなった。数秒か、数分か、世界が静寂に包まれる。その後、まるで爆発みたいに歓声が響いた。
「え? ちょ、ちょっと美久! どういうこと!」
「景、教室で告白はさすがのオレでもできねえよ」
「なんなの、ふたりつき合ってるの?」
「って言うかなんで有埜くんがこんなところにいるの」
様々な声が耳に届く。
いや、いやいやいや、なんだこれ。
「こんなところでなに言ってんの?」
「え?」
ぽかんとする景くんは、一拍おいてから教室を見渡した。そして、「あ、悪い」とちっとも悪いと思ってなさそうな顔で謝る。
今気づくの? 視野が狭い! こういうところか!
「冗談……だよね」
「いや、本気」
景くんが話すたびに教室がざわめく。これはやばい。
なんなの本気って。意味わかんないんだけど!
「と、とりあえず……ここではなんなので」
「うん」
こくりと素直にうなずいた景くんは、なぜか座っているあたしに手を差し伸べた。握手を求められているのだろうか。なんで?
「行こう」
「え? うん?」
首を傾げながら立ち上がろうとすると、景くんの差し出されていた手が、あたしの右手を掴む。そしてしっかりと握りしめられ、体ごと引き上げられた。
「え? ちょ、ちょっと?」
あたしの手を取ったまま、景くんが歩きだす。
まるで、手をつないで歩いているみたいに見えるのでは。この姿でどこに行くつもりなのか。まわりの視線が突き刺さって痛いんだけど。
「あの、景くん?」
振りほどこうと力を入れても、景くんの手はあたしの右手をしっかりと掴んだまま、決して離してはくれなかった。
「どういうこと?」
結局連れてこられたのは、前にふたりで話をした廊下のすみ。たった数十メートルの距離がめちゃくちゃ長く感じて、気を失うかと思った。
なんでこんなことをするの。
なによりはやく手を離してほしいのだけれど。
大きな彼の手に、また力が込められたのがわかった。さっきまでまわりが気になって仕方なかったから気づかなかったけれど、彼のぬくもりが伝わってくる。鼓動が少しずつはやくなっていく。
「景くん、どうしたの」
前を向いたまま、電池の切れたロボットのように突っ立っている景くんに呼びかけると、彼はくるりと振り返る。そしてなにやら言いにくそうに、右手でおでこと目元をぽりぽりとかいた。掌の小指の下が緑色のペンで汚れていた。反転しているけれど〝頑張〟という漢字が見える。
それでも、あたしの右手と彼の左手は、つながれたまま。
「急で驚かせたのは悪いと思ってる、けど」
まっすぐな彼の視線に、心臓が誰かに握られたみたいに苦しくなった。
景くんは真剣な顔をしている。
それはわかるけれど、続く言葉はまったく予想ができない。
なにを考えているのか、微塵も察することができない。
「おれとつき合わないか?」
景くんは、さっきと同じセリフを繰り返す。
なにがあって、そうなったのか、まったく理解できない。
言いたいことはたくさんあるのに、言葉にできず口をはくはくさせる。
だめだ、気持ちを落ち着かせよう。胸に手を当てて、深呼吸をする。目をつむって、景くんに言われた言葉を反芻させる。
……いや、だめだ、落ち着かない!
窓ガラスに、パチンと、雨が当たる音がした。
「あの、なんで」
瞼を開けると、考えるよりも前に、疑問が口を突いて出る。
「好きだから」
「なんで」
いつから、どうして。なんで、なんでなんでなんで。
「つき合ってほしい」
うれしい。
なのに、それ以上に不思議で、素直に彼の言葉を受け止められない。つき合おうと言われても、戸惑いのほうが大きい。二度もうまくいかなかったあたしたちが、もう一度つき合ってどうなるのか。
ついさっき、本当に数分前に、景くんのことが今も好きだ、と気づいたばかりだ。やっと、目をそらしていた気持ちに向き合うタイミングがきたところだった。
「今度は、ちゃんとするから」
ちゃんとってなに?
前はちがったの、と思わず嫌みなことを口にしそうになって呑み込んだ。
「それに」
景くんは少しだけあたしの目から視線をそらす。向けられた先には、さっきまであたしたちのいた教室がある。
「ど、どうしたの?」
真剣な表情に体が強ばる。
なにを緊張することがあるのか自分でもよくわからない。さっきまでの恐怖が、まだ抜けきっていない。
「美久、つき合おう」
――は?
予想だにしない景くんのセリフに、あたしの世界から音がなくなった。数秒か、数分か、世界が静寂に包まれる。その後、まるで爆発みたいに歓声が響いた。
「え? ちょ、ちょっと美久! どういうこと!」
「景、教室で告白はさすがのオレでもできねえよ」
「なんなの、ふたりつき合ってるの?」
「って言うかなんで有埜くんがこんなところにいるの」
様々な声が耳に届く。
いや、いやいやいや、なんだこれ。
「こんなところでなに言ってんの?」
「え?」
ぽかんとする景くんは、一拍おいてから教室を見渡した。そして、「あ、悪い」とちっとも悪いと思ってなさそうな顔で謝る。
今気づくの? 視野が狭い! こういうところか!
「冗談……だよね」
「いや、本気」
景くんが話すたびに教室がざわめく。これはやばい。
なんなの本気って。意味わかんないんだけど!
「と、とりあえず……ここではなんなので」
「うん」
こくりと素直にうなずいた景くんは、なぜか座っているあたしに手を差し伸べた。握手を求められているのだろうか。なんで?
「行こう」
「え? うん?」
首を傾げながら立ち上がろうとすると、景くんの差し出されていた手が、あたしの右手を掴む。そしてしっかりと握りしめられ、体ごと引き上げられた。
「え? ちょ、ちょっと?」
あたしの手を取ったまま、景くんが歩きだす。
まるで、手をつないで歩いているみたいに見えるのでは。この姿でどこに行くつもりなのか。まわりの視線が突き刺さって痛いんだけど。
「あの、景くん?」
振りほどこうと力を入れても、景くんの手はあたしの右手をしっかりと掴んだまま、決して離してはくれなかった。
「どういうこと?」
結局連れてこられたのは、前にふたりで話をした廊下のすみ。たった数十メートルの距離がめちゃくちゃ長く感じて、気を失うかと思った。
なんでこんなことをするの。
なによりはやく手を離してほしいのだけれど。
大きな彼の手に、また力が込められたのがわかった。さっきまでまわりが気になって仕方なかったから気づかなかったけれど、彼のぬくもりが伝わってくる。鼓動が少しずつはやくなっていく。
「景くん、どうしたの」
前を向いたまま、電池の切れたロボットのように突っ立っている景くんに呼びかけると、彼はくるりと振り返る。そしてなにやら言いにくそうに、右手でおでこと目元をぽりぽりとかいた。掌の小指の下が緑色のペンで汚れていた。反転しているけれど〝頑張〟という漢字が見える。
それでも、あたしの右手と彼の左手は、つながれたまま。
「急で驚かせたのは悪いと思ってる、けど」
まっすぐな彼の視線に、心臓が誰かに握られたみたいに苦しくなった。
景くんは真剣な顔をしている。
それはわかるけれど、続く言葉はまったく予想ができない。
なにを考えているのか、微塵も察することができない。
「おれとつき合わないか?」
景くんは、さっきと同じセリフを繰り返す。
なにがあって、そうなったのか、まったく理解できない。
言いたいことはたくさんあるのに、言葉にできず口をはくはくさせる。
だめだ、気持ちを落ち着かせよう。胸に手を当てて、深呼吸をする。目をつむって、景くんに言われた言葉を反芻させる。
……いや、だめだ、落ち着かない!
窓ガラスに、パチンと、雨が当たる音がした。
「あの、なんで」
瞼を開けると、考えるよりも前に、疑問が口を突いて出る。
「好きだから」
「なんで」
いつから、どうして。なんで、なんでなんでなんで。
「つき合ってほしい」
うれしい。
なのに、それ以上に不思議で、素直に彼の言葉を受け止められない。つき合おうと言われても、戸惑いのほうが大きい。二度もうまくいかなかったあたしたちが、もう一度つき合ってどうなるのか。
ついさっき、本当に数分前に、景くんのことが今も好きだ、と気づいたばかりだ。やっと、目をそらしていた気持ちに向き合うタイミングがきたところだった。
「今度は、ちゃんとするから」
ちゃんとってなに?
前はちがったの、と思わず嫌みなことを口にしそうになって呑み込んだ。
「それに」
景くんは少しだけあたしの目から視線をそらす。向けられた先には、さっきまであたしたちのいた教室がある。