「……お兄ちゃんなんかのどこがいいの? もったいないよー。いや、別れたりは絶対しないでほしいんだけどね!」
「どこって言われると……難しいなあ」

 うーんと希美さんは顎に手を当てて考え込む。

「でも、美久ちゃんが言うほど、デリカシーなくもない、かも」
「えー。絶対そんなことないよ。希美さんがやさしいから気づかないんだよ」

 希美さんはクスクス笑って「そうなのかな」と言った。

「もしかして、美久ちゃん、好きな人ができたの?」
「……わかんない。だって好きなところなにもないし」
「前につき合ってた子のことはかっこいいとかやさしいとかはっきり言ってたもんね」

 まあ、今の相手と同一人物なんだけどね。
 それを言うとますます説明が難しいので黙っておいた。

「希美さんは、お兄ちゃんの全部を知ってるの? 全部が好きなの?」

 口が悪いところはもちろん、がさつなところとか、後先考えないところとか、実はたまに天然なところが出たりするところとか。怒りっぽくて、でも忘れっぽくて、子どもみたいに拗ねるところとか。

 希美さんは「うーん」と真剣な表情で考える。
 そんなに考えないとわからないものなの?

「よくわかんないなあ……」
「なんで? こんなにつき合ってるのに?」
「瀬戸山くんのいいところが好きっていう感じじゃないかなあ。裏表なくって思っていること口にできるところは尊敬してるし憧れるけど……ショック受けるときもあるし。直してほしいなあってところもないわけじゃないし。」

 あ、やっぱり希美さんでもそうなんだ。
 こんなにやさしい希美さんにショックを与えるなんて。お兄ちゃん許すまじ。

「どっちもあるから、いいのかもしれないね」

 どういうこと。
 希美さんの返事は結構ふわーっとしていて、よくわからなくなる。

「好きときらいって、秤にかけられるものじゃないからかな。よくわかんないけど、好き、とかでもいいと思う。もちろん、明確にどこが好きって言えるのもいいけど」

 つまり?

「好きの反対は、きらいじゃないから、どこが好きとかきらいとかは、深く考えなくていいんじゃないかな」
「えー。そういうもの?」

 わかんないままじゃん。

「どっちでもいいってことだろ」

 突然背後からお兄ちゃんが口を出してくる。
 いつの間に起きたのか。でも、まだ眠そうな顔をして大きな欠伸をした。

「なにそれ、どっちでもいいって。適当じゃん」
「だってさ、希美」
「わ、わたしが言ったわけじゃないじゃん」

 あたしの文句に、お兄ちゃんはなぜか希美さんを見てにやりと笑った。焦る希美さんに、お兄ちゃんは楽しそうな表情をしている。

 目の前でいちゃつかれている。

 お兄ちゃんはラフな格好でぐんっと背伸びをしてから「親父とばーちゃんは?」と訊いてきた。

「おばあちゃんの川柳の集まりに、お父さんが運転手にかり出された」

 おそらくおばあちゃんが友だちと楽しくしているあいだ、お父さんはひとりで趣味の打ちっぱなしに行っているはずだ。

 昔はあたしもよくおばあちゃんの友だちの家に遊びに行った。でも、しばらくしてから行くのをやめた。やさしすぎる人たちばかりで、気を遣うから。

 ――『美久ちゃんはしっかりしてるね』
 ――『お母さんがいなくて大変なのにいい子ね』

 そう言って、気遣ってくれるから。

 おばあちゃんの友だちだけじゃない。近所のおばちゃんたちもだ。たまに買い物に行って顔を合わせると、いつもあたしをいい子だと褒めてくる。

 笑っているだけなのに。でも、笑うことをやめるわけにもいかない。

「希美、腹減ってない? 甘いもんとか塩辛いものとか」
「なんでもいいよ」
「あたしデザート。最近コンビニスイーツで流行ってるプリンがあるんだけど、それがいい。売り切れてたら新商品のシール貼っているやつ」
「またかよ。こないだまでハマってたクレープはどうした。飽きたのか」

 お兄ちゃんもあまり流行りに興味がないタイプだ。でも、お兄ちゃんにはどう思われてもまったく気にならない。それに、なんだかんだお兄ちゃんも興味を持ってハマることもあるのを知っている。

「めっちゃおいしくてあげないんだから」
「買ってきてやる俺に偉そうだなあ。あと、誰かとつき合うならちゃんと家に一度連れてこいよ。俺が相手を見てやるから」
「やめてよ、バカじゃないの」
「口が悪いな、お前は」

 お兄ちゃんに似たんだよ。

「んじゃちょっとコンビニ行ってくるわ」

 お兄ちゃんはそう言って、希美さんに声をかける。希美さんは「気をつけて」とお兄ちゃんを見送った。

「希美さん本当になんでもよかったの? 高いアイスとか頼めばよかったのに」
「うん、なんでも食べるよ」