俯いていた顔を勢いよく上げる。
 おかしいおかしい、なにを考えてるんだあたしは。

 もう! 景くんが急に意味わかんないことをするから! 言うから! ほんっと、景くんはなに考えているのかわかんない!

「どういうことなのよ」

 廊下でひとり呟いた声は、誰にも届かないままあたしの体のまわりで行き場を見失ったかのようにしばらく彷徨っていた。



_______________________
_______________________
_______________________
  前に誰でもいいからつき合いたいって
_______________________
  言ってただろ?
_______________________
_______________________
  今もそう思う?
_______________________
  告白されたらつき合う?
_______________________
_______________________
_______________________



 金曜日の放課後に受け取ったノートに、返事は書けなかった。家に持ち帰って、昨日今日の休みのあいだ、ずっと返事を考えている。

 交換日記の彼は、なんであんなことを訊いてきたんだろう。

 たしかに、ちょっと前は、誰でもいいからつき合いたかった。
 あたしのことを好きになってくれる男子がそういるとも思えなかったし、あたしの学校生活を考えると、自分から好きな人を作れるほど男子と親しくなるのは難しいし。バイトでの出会いも考えたけど……高校入学当初は新しい環境を同時にふたつもはじめるほどの気力がなかった。

 じゃあ待つしかないじゃん。

 と、思っていた。
 でも、今なら、どうするかなあ。

 不思議だ。今はなんであんなにつき合いたかったのかよくわからない。彼氏がほしい気持ちにかわりはないけれど、なにかが、前とちがう。

 告白されたら、間違いなくうれしいだろうけど。
 そもそもつき合うってなんなんだ。好きってなんなんだ。

「希美さんはお兄ちゃんのどこがなんで好きなの?」
「……へ?」

 日曜日の三時。リビングのローテーブルに突っ伏しながら、そばにいたお兄ちゃんの彼女、希美さんに訊いてみると、素っ頓狂な声が返ってきた。

「ど、どうしたの」

 顔を赤くしながら、希美さんがあたしの顔をまじまじと見つめてくる。

 なんで希美さんが恥ずかしがるのか。でも、そういうところがかわいいな、と年上の女性なのに思ってしまう。きっとお兄ちゃんも希美さんのこういうところが好きに違いない。

 でも、希美さんはお兄ちゃんのどういうところが好きなのかなあ。

 たしか、希美さんとお兄ちゃんがつき合ったのは高校生のときだった。ちょうど、あたしが景くんとつき合っていた、小学四年生のとき。ちょっとだけ相談にのってもらった覚えがある。

 希美さんとお兄ちゃんは、それから二十四歳の現在までずーっとつき合っている。

「お兄ちゃんって、ほら、デリカシーがないじゃん」
「あ、あーえーそう、かなあ」
「わかりにくさがないのはいいところかもしれないけど、お兄ちゃんの場合はわかりやすすぎてどうかと思うよね。バカ正直でしょ」

 あたしが作ったご飯には遠慮なくまずいとか味が薄いとか濃いとか言う。そのくせ自分が作ったときは自慢げで、おいしいって言わないとめちゃくちゃ落ち込むし。結構面倒くさい。

 そんなお兄ちゃんと七年もつき合うとか、ちょっと不思議だ。

 もちろん、やさしいところもあるし、頼りがいもあるのでいいお兄ちゃんではあるけれど、彼氏とかやだ。あたしは絶対お兄ちゃんみたいな人とはつき合いたくない。

「今日だってさあ、呼び出しといて部屋で寝てるんでしょ? ムカつかない?」

 がばっと起き上がり目を吊り上げると、あははは、と希美さんは笑う。

 社会人になって土日しか会えないのに、疲れたとか言ってしょっちゅう部屋で爆睡しているのをあたしは知っている。信じられない。彼女がいるのに! 彼女を放置して昼寝! ひどい! 最近はデートにだって出かけてないし!

「でもわたしも家でのんびりするの好きだから。って、ここは瀬戸山くんの家なんだけどね」

 希美さんはいつもこういって笑う。未だにお兄ちゃんのことを名字で呼ぶところも希美さんらしくて好きだ。

 でも、本当に気にならないのかなあ。そもそもあたしは希美さんが怒ったところを見たことがない。昔から、あたしがふたりのおうちデートを邪魔しても一度も不機嫌そうにすることなく、むしろ喜んで招いてくれた。お兄ちゃんはいっつも怒っていて、それをなだめてくれたくらいだ。