今の景くんに、聞きたい。たしかめてみたい。

 つき合ったとき、あたしが『好き』と言ったとき、景くんは『おれも』と言ってくれた。でも、本当にあたしのことが好きだったの?

 なんて、それを知ってどうするのか。

 過去がどうであれ、今の景くんは、もう、あたしのことをなんとも思っていない。元カノ、という存在ですらないかもしれない。

 あたしだけが、彼を気にしている。

 今まで話しかけてこなかったのは、ただ、接点がなかったから。
 あたしを避けていたわけではない。

 陣内くんと眞帆という接点ができれば、ふたりのためにすぐに話をすることができるのが、景くんだ。避けていたのはあたしだけ。あたしが気にしていたから、景くんはそれに合わせてくれていただけだった。

 ほんと、景くんはいつだって、景くんだ。自分があって、余裕と自信があふれている。誰にも乱されることがない。

 視野が狭い、と景くんは言っていたけれど、まわりにさほど興味がないのかもしれない。あたしみたいに他人からの印象を気にせずにいられるのは、そのせいかな。

 なんて、羨ましい。
 なんて、憎らしい。
 ――だから、きらいだ。だいきらいだ。
 きらいでないと、惨めになる。

「美久」

 記憶の中の声ではなく、今、そばにいる景くんから発せられた声だった。顔を上げると、彼はさっきよりもあたしの近くにいて、体がぴくりと反応する。

「な、なに」
「ちょっと話いいか?」

 陣内くんと眞帆に気づかれないように、景くんはそっとあたしに顔を近づけて小声で言った。そして、廊下のほうに視線を向ける。

 景くんがあたしに、話?
 しかも教室ではなく、廊下で?

 そんなことしたら、みんなに見られてしまう。
 ただでさえ、男子とふたりで話しているところは、誰にも見られたくないのに。

 それでも、景くんが場所を移そうと言うのなら、この場では話さないほうがいい内容なのだろう。どちらもリスクが高い、けれど、ここは景くんに従ったほうがよさそうだ。

 わかった、と立ち上がり、景くんと並んで教室を出て行こうとすると、クラスメイトの視線があたしに集まったように感じる。実際には、誰も見ていないかもしれないのに、神経がビリビリする。

「美久―? どうしたの?」
「あっ……」

 背後から眞帆が大きな声であたしを呼ぶ。
 なにか、言わないと。けれど、なんて言えば?

「邪魔しちゃ悪いからおれら外で話してくるわ」

 言葉を詰まらせたあたしのかわりに、景くんが自然な理由を口にした。それを聞いた、陣内くんはうれしそうに「おう」と手を振る。

「すぐ戻るよ」

 へらりと眞帆に笑いかける。眞帆がどんな表情をしているかは、直視することができなかった。

 教室を出て廊下を先を歩く景くんについて行く。突き当たりに向かって、景くんは進む。階段の前を通り過ぎると、奥に特別教室の扉が見える。今は使われていないので、まわりに生徒の姿はない。

 そこで、景くんは足を止めて壁にもたれかかった。

 景くんの背後にある窓ガラスの先には、じわじわと灰色にくすみだしている空が見える。夕方には雨が降るのかもしれない、とどうでもいいことを思った。傘を持っていないので、できれば降らないでほしいなあ、とも。

「なあ、あのさ」
「うん?」

 景くんがあたしを見る。うるさい心臓を押さえ込むように、制服の胸元をぎゅっと握りしめる。
 なにを話すつもりなの。なんなの。

「昨日、ちゃんと帰れたか?」

 ……なにその質問。

「バスに乗ったらちゃんと家の近くの停留所まで届けてくれたよ」
「そういう意味じゃないし」

 じゃあなにが聞きたいの?
 無事に帰ったから、今ここにこうして立っているのだけれど。

 そんなことのためにわざわざあたしを教室の外に連れ出したのだろうか。
 ……もしくは、そんな心配をされるほど、かみちゃんに話しかけられたあたしはひどい顔をしていたのかもしれない。

「なんにもないよ。大丈夫」

 あらためて答えると、自嘲気味な笑みがこぼれた。

 景くんはぐっと言葉を詰まらせ、眉間に皺を寄せる。何度か口を開きかけるけれど、しばらくして「そうか」とだけ言った。

 そして、お互いにしばらく黙ったまま向かい合う。

 景くんは動こうとしない。眉間に皺を刻んだまま固まっている。
 話は、終わったのだろうか。教室に戻ってもいいのかな。いつまでもこんな場所でふたりきりでいると変なウワサが広まりかねない。まわりに人はいなくても、遠くから見ている人はたくさんいる。

「あの」
「美久、これから、もっと話をしないか? 昔みたいに」