っていうかなんで急に平然と話しかけてくるのだろう。もしかして〝過去のことは忘れて過ごそう〟というのは、昨日だけのことじゃなくて、これからずっと、なのだろうか。
そんなの、無理だよ。
景くんはなんとも思ってないからできるんだろうけど。
あたしは。あたしは……?
あたしだって、なんとも思っていないはずなのに。
「ねえ、有埜くんも明後日一緒に遊ばない? ボーリングとかいいんじゃないかって話してたんだけどさ」
「べつにいいけど。ふたりでは行かねえの?」
眞帆に誘われた景くんは、あたしみたいに悩むことなく答える。
行くのはかまわないけれど、ふたりで行けば、と。なんてスマートな返事だ。
こういうところが、景くんだなあ、と思う。
景くんは焦ったり、動揺したりすることはあるんだろうか。いつ見てもどっしりと構えているというか、なんというか。けれど、決してつめたい印象はない。誰とでも同じ態度で自然に話をする。
だからこそ、ふと見せる笑顔が人を惹きつける。
でも、あまりに落ち着きがありすぎて、なにを考えているのかわからない。昔はそんなふうに思わなかったのに、成長すればするほど、そして、近づけば近づくほど、わからなくなる。
つき合っていたころは特に、わからなかった。
「ふたりで?」
眞帆がちらりと陣内くんを見ると、彼は「ふ、ふたりで行こう!」と大きな声を出す。眞帆は「ふたりでボーリングするのー?」とクスクス笑って「んじゃそうしよっか」とほんのりと頬をピンク色に染めて答えた。
なんか一気にふたりのムードがよくなった。
微笑ましい気持ちで眺めていると、あたしのとなりに景くんがやってくる。体が小さく震えて、体の中のなにかが、景くんのいる右側にぎゅっと引き寄せられる。
昨日、ファミレスでとなりの席に座ったときもずっとこんな感じだった。
「なんか、ジンがいつも、悪いな」
「けい――有埜くんが、謝ることじゃないでしょ」
つい、景くん、と口にしそうになり、すぐに呼びなおす。
油断をすると、つい名前を呼びそうになる。景くんは気づいているのかいないのか、どうでもいいのか、表情をかえることはない。景くんもあたしのことを『美久』と呼ぶから、気にしていないかも。
――『美久』
ふと、昨日、景くんがあたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。
昔に比べたら大人っぽくなった低い声だけれど、それでも、同じだ。
――『美久』
再び、聞こえる。過去の景くんと、今の景くんの顔が重なる。記憶と現実がまざって、それがなにかの引き金を引いたのか、顔がぶわっと赤くなったのがわかった。
なにを! 考えているの!
今さらなんでこんな反応をしてしまう意味がわからなくて、顔をぶんぶんと激しく左右に振る。
「……なにしてんの」
「なんでも、ない」
景くんの訝しげな声に、顔が見えないように俯(うつむ)いたまま答える。
落ち着け、あたし。バカじゃないのあたし。
あたしだけが、オロオロして、本当にかっこ悪い。今までのように、景くんはあたしのことを無視してくれたらいいのに。突然、以前とかわらない様子で話しかけてくるから、困る。
意識をしてしまう。心臓が勝手に鼓動をはやくする。そのことにあたふたと動揺して、パニックに陥ってしまう。そしてつい、昔のように名前を呼んでしまったりする。本当にやめてほしい。
つき合っていたときも、あたしひとり、こんなふうに狼狽えてばかりだった。
それを隠すためにずっとしゃべっていたことを思いだす。
――『かわってないんだね、美久』
昨日かみちゃんはそう言った。中学のとき、廊下であたしに『ぶりっこだよね』と言ったのと同じ口調だった。キツい言い方ではなく口元を緩ませながら、親しげに。
やっぱり、あたしはかわっていないのか。
かみちゃんに言われてから、かわるように、せめて、今までのようなイメージを与えないように必死に努力をしてきた。
それでも、景くんとふたりでいたあたしは、かみちゃんには、なにもかわっていないように映ったのだろう。
あんな短い時間だったのに。なにがそう見えたのだろう。一体どう振る舞えばいいのだろう。せめて男子と――景くんと一緒にいないときだったらよかったのに。
景くんは陣内くんと眞帆の会話に時折まざっている。陣内くんが教室に戻るまでそばにいるつもりらしい。
……景くんは、今のあたしをどう思っているんだろう。
どうして今もかわらず『美久』とあたしを名前で呼ぶのかな。
眞帆との会話であたしが親の話をしなかったとき、なにを思ったのかな。
昨日のあたしとかみちゃんを見たとき、なにかに気づいたのかな。
そんなの、無理だよ。
景くんはなんとも思ってないからできるんだろうけど。
あたしは。あたしは……?
あたしだって、なんとも思っていないはずなのに。
「ねえ、有埜くんも明後日一緒に遊ばない? ボーリングとかいいんじゃないかって話してたんだけどさ」
「べつにいいけど。ふたりでは行かねえの?」
眞帆に誘われた景くんは、あたしみたいに悩むことなく答える。
行くのはかまわないけれど、ふたりで行けば、と。なんてスマートな返事だ。
こういうところが、景くんだなあ、と思う。
景くんは焦ったり、動揺したりすることはあるんだろうか。いつ見てもどっしりと構えているというか、なんというか。けれど、決してつめたい印象はない。誰とでも同じ態度で自然に話をする。
だからこそ、ふと見せる笑顔が人を惹きつける。
でも、あまりに落ち着きがありすぎて、なにを考えているのかわからない。昔はそんなふうに思わなかったのに、成長すればするほど、そして、近づけば近づくほど、わからなくなる。
つき合っていたころは特に、わからなかった。
「ふたりで?」
眞帆がちらりと陣内くんを見ると、彼は「ふ、ふたりで行こう!」と大きな声を出す。眞帆は「ふたりでボーリングするのー?」とクスクス笑って「んじゃそうしよっか」とほんのりと頬をピンク色に染めて答えた。
なんか一気にふたりのムードがよくなった。
微笑ましい気持ちで眺めていると、あたしのとなりに景くんがやってくる。体が小さく震えて、体の中のなにかが、景くんのいる右側にぎゅっと引き寄せられる。
昨日、ファミレスでとなりの席に座ったときもずっとこんな感じだった。
「なんか、ジンがいつも、悪いな」
「けい――有埜くんが、謝ることじゃないでしょ」
つい、景くん、と口にしそうになり、すぐに呼びなおす。
油断をすると、つい名前を呼びそうになる。景くんは気づいているのかいないのか、どうでもいいのか、表情をかえることはない。景くんもあたしのことを『美久』と呼ぶから、気にしていないかも。
――『美久』
ふと、昨日、景くんがあたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。
昔に比べたら大人っぽくなった低い声だけれど、それでも、同じだ。
――『美久』
再び、聞こえる。過去の景くんと、今の景くんの顔が重なる。記憶と現実がまざって、それがなにかの引き金を引いたのか、顔がぶわっと赤くなったのがわかった。
なにを! 考えているの!
今さらなんでこんな反応をしてしまう意味がわからなくて、顔をぶんぶんと激しく左右に振る。
「……なにしてんの」
「なんでも、ない」
景くんの訝しげな声に、顔が見えないように俯(うつむ)いたまま答える。
落ち着け、あたし。バカじゃないのあたし。
あたしだけが、オロオロして、本当にかっこ悪い。今までのように、景くんはあたしのことを無視してくれたらいいのに。突然、以前とかわらない様子で話しかけてくるから、困る。
意識をしてしまう。心臓が勝手に鼓動をはやくする。そのことにあたふたと動揺して、パニックに陥ってしまう。そしてつい、昔のように名前を呼んでしまったりする。本当にやめてほしい。
つき合っていたときも、あたしひとり、こんなふうに狼狽えてばかりだった。
それを隠すためにずっとしゃべっていたことを思いだす。
――『かわってないんだね、美久』
昨日かみちゃんはそう言った。中学のとき、廊下であたしに『ぶりっこだよね』と言ったのと同じ口調だった。キツい言い方ではなく口元を緩ませながら、親しげに。
やっぱり、あたしはかわっていないのか。
かみちゃんに言われてから、かわるように、せめて、今までのようなイメージを与えないように必死に努力をしてきた。
それでも、景くんとふたりでいたあたしは、かみちゃんには、なにもかわっていないように映ったのだろう。
あんな短い時間だったのに。なにがそう見えたのだろう。一体どう振る舞えばいいのだろう。せめて男子と――景くんと一緒にいないときだったらよかったのに。
景くんは陣内くんと眞帆の会話に時折まざっている。陣内くんが教室に戻るまでそばにいるつもりらしい。
……景くんは、今のあたしをどう思っているんだろう。
どうして今もかわらず『美久』とあたしを名前で呼ぶのかな。
眞帆との会話であたしが親の話をしなかったとき、なにを思ったのかな。
昨日のあたしとかみちゃんを見たとき、なにかに気づいたのかな。