……なんだっけ、これ。手にしてみると、かなり古い小説だった。小説の最後のページにある奥付を見ると、おれが生まれたくらいに出たらしい。読んだ記憶はまったくないのに、なんで見覚えがあるんだ。
首を傾げながらしばらく考えと、殴り書きされた文字が脳裏にうかぶ。
「あ、ノートか」
はじめて見つけたときに、中にこんなタイトルが書かれていた気がする。でも、確信は持てない。まだノートに書かれているだろうか。もしも同じだったらこの本も一緒に置いておこうか。探していたのかもしれない。
本棚をいくつか通り過ぎ、ノートがある場所に顔を出す。と、窓際の棚に、ひとりの女子が座っていた。
息を止めて瞬時に本棚の陰にかくれる。
心臓が、突然どどどど、と音を鳴らす。体中の血液が猛スピードで流れていく。呼吸が、浅くなる。
……え?
さっきの、は。
手で顔を覆い、呼吸を整える。見間違いだ、きっと、そうに違いない。そうでなければ、困る。
意を決して、本棚から顔をそっと出す。
視線の先には、――美久が腰掛けてノートになにかを書き込んでいた。
もちろん、おれと〝誰か〟のノートだ。
なんで、美久があのノートを手にしているのか。
そんなこと、考える必要もない。
――相手は、美久だった、ってことか?
ざあっと血の気が引く。心臓がばくばくと不穏な音を鳴らしておれの体を揺さぶる。地面がぐにゃぐにゃになったみたいに、足に力が入らなくなる。
視線の先にいる美久は、おれが物陰から見ていることに気づく様子もなく、ノートにピンクの付箋を貼って棚にさした。そして、出口に向かって歩いていく。
ずるりと体を引きずるようにして、棚に向かう。
震える手でノートを取った。
ピンクの付箋の貼られた位置に、おれへの返事が書き込まれていた。
_______________________
_______________________
_______________________
えー 急展開すぎるじゃん!
_______________________
_______________________
彼のことはきらいっていうわけじゃなくて
_______________________
あの人なに考えてるかよくわかんなくない?
_______________________
つき合ったら 大変そうだなあーって
_______________________
_______________________
だから 思ってることはちゃんと伝えていこう
_______________________
なにもできないなんて言ってちゃだめだよ
_______________________
_______________________
うまくいくかは知らないけど
_______________________
_______________________
_______________________
最悪だ。なんでこんなことになっているんだ。
相手が美久だなんて、どんな確率だ。
相手を一方的に知ってしまった。
もう、このノートでのやりとりは終わりだ。
今日、この瞬間に、終わり。終わらなければならない。
相手がおれだと美久にバレたら、美久を傷つけることになる。そして、おれはますますきらわれる。
でも。
このままやり取りを続ければ美久の気持ちを知ることができる。
そしたら美久に近づくことができるかもしれない。
やっぱり、まわりからのイメージは本当のおれとまったくちがう。見かけなんて、外での振る舞いなんて、当てにならない。
他人が見ているおれは、ウソばかりだ。おれは、卑怯で最低なやつだ。