自分のバカな発言に焦りつつも、それをおくびにも出さずにまっすぐ美久を見つめる、と。

「……っは、はは。なにそれ」
「なんで笑うんだよ」
「意味わかんないからじゃん。景くんそんな趣味があったの?」

 ケラケラと笑われて恥ずかしくなる。なのに、声を出して笑う美久に、うれしくなる。それに、ファミレスでは名字で呼びなおしたのに、今は名前を呼んでくれた。

 なんなんだおれは、おかしい。

〝どういう人が好きか考えてみたらどうかな〟

 ノートに書かれてた一文が脳裏に浮かぶ。
 一緒にいて、楽しそうにしてくれる子が、いい。

 ――美久のように。

 この笑顔をおれはずっとそばで見たかった。
 だから、好きだと思っていて、美久に告白されたとき『おれも』と答えた。

 また、見れた。
 ふと、心にそんな思いがぽんと浮かんで、弾ける。

「あのさ、美久」

 呼びかけた声をかき消すように、ホームに電車がやってくる音が響いた。そして、一気に人の気配が駅に広がっていく。夜の静けさが、夜の騒がしさにかわっていく。

 タイミングが悪い!

「あれー? 美久?」

 勇気を振り絞った声が届かなかったことに消沈していると、女子の声が改札のほうから聞こえてくる。美久とおれが同時に振り返ると、見覚えのある女子がいた。

 同じ中学校の神守、だっただろうか。

 小柄で、でも気が強くて、よく先生にも男子にも刃向かっていた。いつも女子たちの中心にいて、生徒会とかもやってたっけ。物言いが結構キツく、おれはちょっと苦手だったのだけれど。そういえばジンだかだれかも神守のことを怖い、と言っていた。かと思えば美人だとか話しやすい、と言うヤツもいたな。

 友だちと言うほど親しかったわけではないけれど、小学校のときに一度同じクラスで、中三でも同じクラスだった。一時期はよく話しかけられた気がする。そして、卒業前に告白もされた。もちろん、おれは断った。

 肩までの髪の毛をかきあげながら、神守は近づいてくる。

「……かみちゃん」

 どうやら美久とも親しい関係のようだ。なのに、美久の声は驚くほどか細かった。

「美久久々じゃん! 髪型もかわってるー」
「あ……う、うん」

 美久は、顔を引きつらせて笑っていた。

「有埜も久しぶりだねえ。ふたり一緒だったんだ。へえ、意外」
「そんなんじゃ……」

 美久は焦ったように視線をさまよわせながら否定しようとするけれど、神守は「こんな時間までなにしてたの」と話し続けた。

 おれは、どうすればいいだろう。会話にまざるほど親しくもない。かといって立ち去るのもおかしいよな。

 ただ、さっき一瞬ちろりと向けられた神守の視線が、品定めされているように感じて落ち着かない。なんでこんなふうに見られてるんだ、おれ。

「でもさ、かわってないんだね、美久。まあ、美久らしいか。その学校も、うちの中学から行った子って美久だけだっけ?」
「……あ、いや、ほかにふたりいた、かな」
「そっかー。あ、また遊ぼうよー! 連絡先かわってないよね?」

 美久はいびつな笑顔で頬をピクピクと震わせながら、短い返事をしていた。

「あ、家の迎えが来たから、じゃあね」

 車のクラクションが聞こえると、神守ははっと顔を上げた。そして、一度も振り返らないで車に乗り込み、車は走り去っていく。

「あたしも、バス来たから。じゃあね」

 疲れたような美久の声に、はっとして「あの」と呼びかける。
 さっき言いかけたことを言わなければ。一緒に、帰らないか、と。

 美久が振り返る。目が合う。

「あたしは、かわったのかな。かわってないのかな」
「……いや、まあ、どっちもじゃね?」

 なんだこの質問、と思いつつ素直に答えると、美久は、ふ、と自嘲気味に笑った。そして、バスに乗り込んだ。

 身動きができない。帰ることも、美久を引き留めることもできない。
 そんな情けない状態なのに。

 ――おれ、美久が好きだ。

 なぜか、そう思った。